Lv1の剣

豚野朗

始まりの町

狭間の世界

「ようこそ、世界の狭間へ」




 突然、目の前が暗くなり、再び目を開けるとそこはまるで白い宮殿だった。


 壁や天井、柱にいたるまで真っ白で、目がチカチカするくらいだ。だけど宮殿というには何もなくて、まるで宮殿のような外観だけ適当に作ったようなそんないびつさを感じる。


 そして十メートル先にたたずんでいる女性がいた。




 床につきそうなほど長い髪が、風もないのにたなびいている。まるで神話に出てくるような薄い布を巻き付けたような見る場所が困る服装をしていた。


「新川修平様、混乱しているかと思います。ここは、死後の世界への道の途中です。端的に言いますと、あなたは地球で死んでしまいました」


 その言葉は聞くことが出来ても、理解することが出来ない。


「え?うそ、まじで?」とあほな事を口走ってしまう。




「はい。背後から、居眠りしたお爺ちゃんの運転する車に跳ねられたので、もしかしたら記憶に残っていないかも知れません」


「通学路を歩いていて、突然暗くなって、目を開けたらここにいたって感じなんだけど」


「そうですか」


 女神は二回ほど軽く頷いた。




「えっと、どっきりだったりは」


「違います」


「証拠は?」


「証拠と言いましても、あなたのような人のためにこんな場所を用意するとでも思っているのですか?」


「ああ、まぁ」


 俺は凡人だけど、流石にそんな言い方は無いと思う。




「さて、新川修平様、ここにあなたが来たのは理由があります」


 女神は真剣な顔をして、そう話しを切り出した。


「あなたの住んでいた地球は、とても安全な世界でした。人間が地球のほとんどを支配し、何も敵のいない世界です。貧しい地域も未だにありますが、安全に暮らしていけるように発展しています。しかしあなたの元いた世界とは、別の世界も存在します。ゲームをしたことはありますか?」


「まぁ、少しは」


「はい。そしてゲームのような世界が、実際に別の世界として存在しているのです。魔王に侵略されて、人々の生活が犯されている世界が。私がこのような場を設けましたのは、新川修平様にはその世界に行って世界を救って欲しいのです」




「えぇ!」


 世界が他にもあると言うことを知らされて驚くとともに、その突然の申し出にびびってしまう。


「いやいや、無理ですよ。魔王がいるんでしょう。一応言っておきますけど、俺は特に長所もないただの高校生ですよ」


「分かっています。そのような事は既に私の方で確認して、あなたを選んだのです」


 美女に『選んだ』と言われ、ちょっと嬉しくなる。




「ちなみに、どこら辺を見て選んだのですか」


「はい。年齢と真面目さです」


「え?」


 どうにも反応しづらい答えが返ってきた。




「私の力を使っても、別の世界へ人を移動させる事は難しいのです。どうしても、そのままの年齢と姿で世界に送り込むしかありません。若すぎると自力で生きていくことが難しいですし、かといって中年を送り込むと魔王と戦える期間が短くなって効率が良くありません。だから、あなたのような年齢の人間が一番環境に適応しやすいと考えたのです。次に、真面目さですが、せっかく送っても反社会的な行動に出て悪化させてしまう事がないようにという配慮です。その二つをクリアした新川修平様を選びました」


「喜んで良いのか?」


「ええ。もちろん」


 女神はにっこりと笑って、大きく頷いた。




「拒否することは出来るのか?」


「できますよ。その場合は、死後の世界へ行きます」


「死後の世界って、どういう場所なんだ?」


「機密事項です」


 表情を変えずに、女神は即答した。




「もしかして、断わるおつもりですか?」


「当たり前だろ。何で魔王とかと闘わなければならないんだ。いや、ちょっとあこがれはするけど、一般人が参加しちゃいけないだろ。どうせなら、自衛隊とか軍隊とかにいる人間を誘えよ」


 俺は普通の一般的な高校生だし、ゲームの中みたいな事が出来るとは思えない。




「死後の世界に行くと、どうなるんですか、俺は」


「機密事項です」


 いや、待て。ずるくないか。


「天国とか地獄とか、そういう説明は?」


「ありません」


 とりつく島もない。




 魔王とたたかうか、所か分からない死後の世界かの二択?


 死後の世界が分らないことが、怖すぎる。


 地獄に堕ちたりとかしないよな。別に俺、悪い事した覚えはないし。




「幼少期に、蟻の巣にジュースを流し込んだ事がありましたよね」


 まるで思考を呼んだかのようなタイミングで、女神が言った。


「まさか、子どもの時の事も考慮されるんですか。俺って、もしかして地獄行き?」


「機密事項です」


 女神はにこにこと笑顔のまま応える。


 その笑顔がとても怖い。




「え?嘘だろ。それで地獄行きなら、人間のほとんどは天国にいけないよな」


「機密事項です」


 同じ言葉ばかり返ってくる。




 いやいや、待てよ。


 それだけで地獄行きになるか。それだけって事じゃないのか。生き物を殺したら、地獄に堕ちるなんてよく知られているルールだし。いや、でも、でも!




「歩行者信号が赤の時に、車のいない横断歩道を渡った回数が154回」


 笑顔の女神がまた怖いことをこぼす。


「それも考慮されるの!」


「機密事項です」


「嘘だろ。地獄行きなのかどうかだけ教えて下さい」


「機密事項です」




 膝から崩れ落ちてしまう。


 嘘だろ。これで死後の世界を選べって言うのか。


 これだけって思うけど、神様の考えではこういったこともアウトなのかも知れないし、神様の考えなんて知らないし。




「俺が行った所で、魔王なんて倒せませんよ。別に体育が良かった訳じゃないし」


「もちろん。天界のアイテムをお渡ししますよ。それを使えば、楽に進められます」


 その女神の言葉を聞いて、俄然やる気が出てきた。


「それって、凄く強くてばしばし敵を倒せる感じですか!」


「はい。エクスカリバーやデュランダルなどから、怪力や無限の魔力もあります」


「良いじゃん、それを早く言ってよ。そんなのがあるなら、俺も安心だし」


「では、決まりですね」


「あぁ」


 俺は女神に頷いた。




 光が上から差し込んできた。


 見上げると、複雑な文様が俺の上に浮かび、そこからまっすぐに光が落ちてきていた。


「あれが世界へ繋がるゲートです」




 あの向こうに別の世界があるのか、少し感慨深いな。


「では、新川修平様、こちらを」


 いつの間にか女神の掌に、眩しい光が灯っていた。掌から数センチ浮いているその光の玉は、俺の方に向かってくる。


「それは天界に繋がっています。光を受け取れば、あなたにぴったりのアイテムが手に入るでしょう」


「ランダムかよ」


 苦言を呈するが、女神は意に介さない。




 ふわふわと漂っていた光を捕まえると、ひときわ激しく輝き始めた。思わず目を閉じて、まぶたの裏にさえ届く光から目をそらしていると、ずしりと何か重い物が掌に落ちてきた。


 手に入ったそれは、細長くそして硬い。


 目を開いて、確認してみるとそれは剣だった。


 RPGのゲームで良くある両刃の剣だ。装飾はないけれども、細長く白銀の光を放つその剣は素人目に見ても、凄い剣だと分かる。




「ふひっ!」


「え?」


 まるで笑いそうになったのを堪えるような声がしたような気がした。だけどここには俺と女神しかいないはず。女神がそんな声を出すはずがない。


 しかし剣から女神へ視線を動かすと、あれだけ表情を崩さなかった女神が顔を真っ赤にして口を押さえているのが見えた。




「なんで笑っているんですか」


「わ、笑って、など……いません」


「明らかに笑っていますよね」


 女神は身体を震わせてまで、笑いを耐えているようにしか見えない。


「なんなんですか!」


「いえ、ふふっ……では、新川修平様、どうか世界を救って下さい」




 会話を終わらせて、強引に俺を送ってしまおうという考えが透けて見える。


「待て!まずは、この剣を返品に……」


 笑いかけている女神に飛びかかろうとしたが、地面を蹴れなかった。蹴れなかったのではなく、俺が浮いていたのだ。


「嘘だろ。やめろ!下ろせ!」


 もがいてみるが、まるで吸い込まれるように空に向かって浮かび上がっていく。


「この剣は何なんだ!」


 女神に叫ぶと、ついに女神は耐えられなかったのか、盛大に笑い出した。腹をくの字にして、崩れ落ちて笑い続ける。




「そ、それは、私の作った、ひ~!失敗作くくくくっ!なんで、そんなの、ひひひひ引いちゃうの。ぐふふふふふっ、あはははは!」


「失敗作って、これ、何があるんだよ」


 しかし俺の質問には答えず、お腹を抱えて笑っている。




「こうなったら」


 剣を女神に向かって放り投げる。


「そ、それはあなた専用です。うふふふふふっ!」


 女神が言うと同時に剣が光り、俺の手の中に戻ってきた。


「嘘だろ!この、馬鹿女神!俺は世界を救いに行くんじゃないのか!」


「仕方が、うふふふっ。ありませんよ。頑張ってきて下さい!」


 女神が最初の威厳が完全になくなった姿で笑い転げるのを、俺は呆然と見下ろすしかなかった。




 そして眩しい光に包まれて、俺の新しい世界での人生が始まった。

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