スイートホーム

三題噺トレーニング

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仕事から家に帰ると同居人が首を吊って死んでいた。

警察が来て死亡を確認して、書類をたくさん書いて、解放されたら日付が変わるどころか昼になっていた。

30代男性同性愛者のカップルとしては幸せに生活していたと思うのだけど。

コンビニ弁当をもそもそと食べながら思う。


彼を追い詰めていたのは彼を育てた親たちと故郷と、他でもない彼自身だった。

彼が言うには。

彼が生まれたのは東北地方の山奥、もう村と言っても良いほどに小さな集落で、もちろんセクシャルマイノリティなんて概念は存在しなかった。

彼もそんな村人の一人だった。


本来、男は女を愛するべきだと、彼は僕の前ですら憚らなかった。

自分は外れた側の人間。

僕がそんな彼と一緒にいたのは、彼の悲しい考え方にも寄り添ってあげたいと思ったからだった。

そしていつか、自分を肯定してくれれば、なんて。


パートナーシップなんて名前だけだろうと思っていたけれど、実際には便利なものだった。

ほとんど全ての手続きを男女の配偶者同士と同じように済ませることができた。

デパートの窓口に行けば、彼のクレジットカードの解約手続きまで僕が出来てしまった。

こんなところで時代のアップデートを感じたくはなかったけれど。

真っ白に焼かれた彼の遺骨も、彼の実家ではなくて僕の手元に訪れた。

壺を開けてひとつ、彼の欠片を取り出すと、カラリと小気味良い音を立てて2つに割れた。


僕は彼の故郷を訪れていた。

飛行機とバスと、レンタカーを使って東京から5時間かかった。ここまでかかるとは流石に思っていなかった。

彼は生家の場所を僕に教えようとはしなかったけれど、戸籍から調べることができた。

何故来たのかは自分でも分からない。

彼の親に文句でも言ってやりたいと思ったのかもしれない。


田んぼの隙間を縫うようにしばらく車を走らせていると、おそらく目的地である一軒家が見えてきた。

インターホンを鳴らすと、70代くらいの小さなおばあさんが出てきてくれた。

半ば嫌がらせの気持ちで、僕が彼の恋人だと告げると、おばあさんは驚いた顔をしてから、涙を滲ませながら目を細めた。

彼に恋人がいることが嬉しいのだという。

彼が死んだことが何故か言えなくて、仙台で仕事があったので足を伸ばしたのだと嘘をついた。


彼の母が言うには。

彼が高校生の頃、彼が同性愛者であることが分かり、家族や村じゅうで彼を"更生"させようとした。

それを嫌った彼は高校卒業と共に東京へ出て、10年以上経つ今まで、彼は一切の連絡をしなかった。

家族たちは後悔していた。

そこまでされることだと思っていなかったのだ。

反省した彼らはしかし、彼から許されるのを待とうと考えた。

ずっと、ずっと彼の便りを待っていたのだ。


だから、あなたが来てくれたことが嬉しいの。

いつの間にか家に上がり込んで話を聞いていた。

いつか直接連絡がもらえたら嬉しいわ。

優しく微笑むおばあさんに、伝えます、とだけ告げてレンタカーへ戻った。

奥の仏間にはおそらく彼の父だろう人の写真が飾られていた。


部屋に戻ると彼だったものがいた。

自分勝手な人間ばかりだ。

彼も、彼の親や故郷も。

明日は墓を探しに行こう。

君が後ろめたいと思い続けた僕との関係を終わらせることなんてしてやらない。

君に後ろめたさを植え付けた人たちに、悲しむ権利なんて与えてやらない。


ようやく、涙が出た。

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