【ライブ配信】異世界ダンジョン初見攻略

おさない

第一話 振り出しに戻る


 三分の一。それが、迷宮に初めて挑んだ冒険者が生きて帰ることのできる確率だと聞いたことがある。


 正直なところ、新米冒険者の気を引き締めるために多少は誇張しているのだろうと思っていた。


 ――ああ、私はなんて愚かなんだろう。


「い、いやだ……いやだいやだいやだっ! 死にたくないっ!」


 それは、心からの叫びだった。


 ついさっきまで隣で笑っていた二人の仲間が……かけがえのない親友達が、あっという間にその体を引き裂かれ、魔物の餌となってしまった。


 残るは私だけ。


 まだこの場所の探索するには早すぎた。全てにおいて準備が不足していたのだ。


 防具をもっとしっかりした物にすべきだった。薬品ポーション巻物スクロールを買い込んでおくべきだった。迷宮内の地図をもっとちゃんと確認して計画を立てておくべきだった。


 後悔ばかり募るが、もう遅い。


「お願いします……っ! 殺さないで……っ、殺さないでくださいっ! な、なんでも――なんでもします……だからっ!」


 言葉の通じない魔物に対して、涙を流しながら無意味な命乞いをする私の姿は、傍から見れば滑稽に映っただろう。


 しかし、仲間を二人うしなった私にはもう、正常な判断を下せるだけの気力など残っていなかった。


「あ、あぁぁああぁ……っ!」


 私の間近に、口元から血を滴らせたおぞましい魔物が迫る。


 もう終わりだ。おしまいだ。私はここで死ぬ。何一つとして成し得ることなく、無意味に死ぬ。


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。


「助けて――――」


 叫ぼうとしたその時、視界が暗転して首元に一瞬だけ激痛が走った。


 私達のパーティの生還率は、三分の一にすら満たなかったらしい。


 *


「ぅ……うぅ……っ」

「フェリス?」

「いやあああああああああああああッ!」

「わーーーーっ?!」


 絶叫しながら目を覚ますと、そこは馬車の中だった。


「…………あ、あれ?」


 どうやら酷い夢を見ていたらしい。自分の頰に冷や汗が伝っているのがわかる。馬車がやたらと揺れて乗り心地が悪いせいかもしれない。


「び、びっくりしたー…………えっと、だいじょうぶフェリス?」


 呆然とする私の顔を、透き通るような白い髪を二つに結んだ可愛らしい女の子――幼馴染のコーシュカが覗き込んでくる。


「もうすぐ町につくよー……?」


 いきなり叫びながら飛び起きた私に対し、少しだけ怯えている様子のコーシュカ。


 驚かせてしまったのかもしれない。


「ご、ごめん。私は……平気……」


 私は服の袖で冷や汗を拭いながら言った。未だに手が震えている。


「もしかして、冒険者になるの怖くなっちゃったー?」

「……ま、まさか。大丈夫だよ」


 コーシュカの問いかけに対して少しだけぎくりとしながらも、私は平静を装って答えた。


「…………そっか。なら良いんだけどー」


 不安そうな顔をして俯くコーシュカ。思えば、冒険者になることを一番渋っていたのはこの子の方だ。でも、私達が生まれ育った孤児院を無くさないためにはお金がいる。だから、危険だけど大金が手に入る冒険者になるんだ。


 私がしっかりしないといけない。


「心配しないで」

「そう言われてもなー……えいっ」


 その時、突然コーシュカが私に抱きついてくる。


「えへへー。フェリス、汗でぐしょぐしょー」

「も、もうっ、離れて……っ」

「ごめんごめん!」


 孤児院にいた頃からコーシュカとはいつも一緒だった。


 あれから、二人そろって同じ魔術学院を卒業して、今は二人揃って冒険者を志している。


 もし、コーシュカが私の目の前で魔物に殺されてしまったら……。


 ――いいや、考えるのはよそう。


「疲れてるなら、もうちょっとだけ寝ててもいいよー?」

「…………もう起きてる」


 さすがに、あんな縁起の悪い夢を見た後にまた眠る気にはならない。というか眠れない。


「わ、私のことはいいからさ、マオを起こしてやれよ」

 

 私は、後ろの席で眠っている黒い長髪の女の子――マオのことを指さしながら言った。


「けど、マオちゃんなかなか起きないからなー」


 マオは魔術学院で出会った友人だ。持っている魔力の大きさや魔術に関する知識は、私とコーシュカが束になっても叶わないほどで、学院での成績も常にトップの優等生だったことを記憶している。


 近寄りがたい存在だと思っていたのに、いつの間にか私達の側に居た不思議な奴だ。今となっては、どうやってマオと仲良くなったのかも思い出せない。


 つかみどころのない性格をしていて、時々何を考えているのか分からないこともあるけど、マオが味方でいてくれると心強い。


 今となってはコーシュカと同じくらい大切な親友で、同じくらい大切な仲間だ。


 マオがいるんだから、きっとあんなことにはならないはず……。


「そうだ! 起きなかったらちょっといたずらしちゃおうかなー、えへへ」


 私が一人で考え込んでいると、コーシュカが楽しそうに微笑みながら言った。


 それから、マオの座る後ろの席へさっと移動し、優しく肩を揺さぶる。


「マオちゃんマオちゃん、もうすぐ町につきますよー」

「……そうですか」

「起きてー」

「いやです……神の意思を受信中なので……」

「もう! 変なこと言わないのー」


 マオを起こすのにはしばらく時間がかかりそうだな。


 私は、気の抜けた二人のやりとりを眺めながら思う。


 それから、ふと馬車の進行方向へ目をやった。


 目と鼻の先には、大きな町と鉱山が見える。


 あれが私達の目的地だ。


 ――町の名前はミュトス。約五年前、あの場所の炭鉱で新たな迷宮が発見された。


 危険な魔物が彷徨うろつく迷宮の内部からは、希少な遺物が次々と持ち出され、多くの者が富を得た。しかし、未だに迷宮の全容は解明されていない。


 挑む者に巨万の富をもたらす謎多き迷宮。ミュトスは現在、そんな話を聞きつけてやって来た冒険者達によって大いに賑わっている。


 もちろん私達だってそうだ。


 コーシュカと私は富を得て孤児院に恩返しをするために、そしてマオは迷宮に眠る謎を解明するために、この街へやって来た。


 私達にはそれぞれ夢や目的がある。だから、絶対に死ぬわけにはいかないのだ。


「……そろそろ準備するか」


 冒険者を志した時の気持ちを思い出した私は、再び覚悟を決めた。


 ――それから、馬車は町の門をくぐり、広場へと到着する。


 ようやくミュトスへとやって来た私達は、馭者に賃金を支払って馬車を降りた。


「ついたー!」


 大きく伸びをしながら、周囲を見渡すコーシュカ。


「それにしても人が多いねー。気を付けないと、フェリスが迷子になっちゃうかもー」

「そうですね。私たちでしっかり面倒を見てあげましょう」

「……はいはい。とにかく、まずは冒険者登録を済ませないとな」


 私は話題をそらすために言った。


「とうろく……?」


 すると、マオは首を傾げる。


 間違いない、これは理解していないときの顔だ。


「マオちゃん、聞いてなかったのー? 迷宮を探索するためには、ここを治める辺境伯からの許可が必要なんだよー。だからまずはギルドの名簿に私たちのことを登録する必要が――」

「なんだか面倒です。コーシュカが私の分もやってください」

「マオちゃん……本当に、魔術以外のことはからっきしだねー……」


 説明を真面目に聞くつもりすらなさそうなマオを見て、がくりと項垂れるコーシュカ。


「そういうことをマオに話しても無駄だぞ。とにかくギルドに行こう」

「うん……そうだねー。まったく、先が思いやられるなー」

「…………………………」


 私とマオは、黙ってコーシュカのことを見つめる。


「な、なんで急に黙るのーっ?」


 コーシュカは三人の中で唯一の回復魔法の使い手。その分、魔物相手の対抗手段に欠ける。


 おまけに見ての通りのほほんとした性格をしているので、いざという時に咄嗟に判断を下して行動することが苦手だ。


 つまり何が言いたいのかというと……。


「大丈夫。何かあったら私が守ってあげますから」

「そうだな。心配するなコーシュカ」

「ど、どうして二人だけで通じ合ってるのー?! わたしが一番頼りないってことーっ?!」

 

 ――そんなこんなで、わたし達は町の地図を頼りにギルドへ向かい、冒険者としての登録を済ませるのだった。


 後は迷宮を探索するための準備をするだけだ。私たちは、町の広場を進んだ先にある商店街へと向かう。


 そこは、これから迷宮に向かう大勢の冒険者達で賑わっていた。どんな魔物に誰がやられただとか、迷宮で見つけた物品が高く売れただとか、そんな会話ばかりが周囲から聞こえてくる。


「でもー、迷宮を探索するために必要なモノって具体的に何があるのかなー。武器はみんなちゃんと持ってるしー……」


 近くにあった武具屋を横目で見ながら、そんなことを問いかけてくるコーシュカ。


「怪我をした時に治療できる薬品ポーションに、それからいざという時に身を護る魔術をすぐに発動できる巻物スクロールだろ。後は、探索済みの範囲が書き記された地図、ロープ、ランタン、ツルハシ、それから――」

「そ、そんなに買うお金あるのー?」


 私が必要なものを口頭で羅列すると、コーシュカが目を見開いて言う。


「そうですよ。ここに来たばかりで、そんなに色々と買い込んでいる余裕はないでしょう?」

「で、でも……」

「初めての迷宮探索なのですから、それほど深いところまでは行きませんし……必要最小限の装備の方が動きやすいと思います」


 確かに、二人の言う通りだ。けど、あんな夢を見てしまった後だとどうしても慎重になり過ぎてしまう。


「そう……だな……。あんまり使いすぎると、宿に泊まるお金もなくなっちゃうし……」

「あ、珍しくフェリスがマオちゃんに説得されてるー」

「か、からかうなよ。……とにかく、それなら各自で必要だと思うものを最低限揃えて町の広場に集合しよう。そしたらいよいよ迷宮探索だ」

「おー」


 かくして私達は、町に到着したその日のうちに、噂の迷宮へ足を踏み入れることとなるのだった。


 *


 迷宮への入り口は炭鉱の奥にある。


 冒険者用に整備された道を進んだ先の、大きな鉄の扉がそれだ。


 冒険者登録を済ませていない者がこの扉を開けることは禁じられており、無断で侵入した場合は魔物と同じものとして扱われる。


 要するに、迷宮内でほかの冒険者に殺されても文句は言えないということだ。


「えっと……みんな準備できてるよねー? 忘れ物とかしてないー?」


 迷宮へと続く扉の前で、コーシュカは振り返って問いかけてくる。


「大丈夫だよ」

「ええ、私も問題ありません」


 そうして確認を済ませた私達は、いよいよ迷宮へと足を踏み入れた。


 迷宮の第一層は、地上では見たことのない植物の数々が生い茂る地下樹林だ。


 天井は空のように青く、太陽と思しきものが明るく輝いていて、ここが鉱山の地下であることを忘れてしまいそうになる。


「なるほど……噂通りおかしな場所だな。どうして空が見えるんだ?」


 その奇妙な光景を目の当たりにした私は、思わず呟く。


「空間がねじれているみたいです。……私達が通ったこの扉は、別々の世界を繋げているのでしょう」


 こちら側では大木の幹に埋め込まれていた鉄の扉を、振り返って眺めながら話すマオ。相変わらず、こいつの言うことはよく分からない。


「ここが、ミュトスの迷宮……!」


 するとその時、コーシュカがいつになく真剣な顔つきで言った。持っているワンドを握りしめ、じっと正面を見据えている。


「あなたもそんな顔をするのですね、コーシュカ」


 そう言ったのはマオだ。


「ど、どういうことー?!」

「頼りになりそうで見直したってことです」

「う、うーん? 褒められてるんだよねー……? なんか納得いかないなー」


 腑に落ちない様子のコーシュカ。


 実は私もマオと同じようなことを考えていたが、言うとコーシュカが機嫌を損ねそうなので黙っておこう。


「とにかく、今日は軽い探索だけして、危なくなったらすぐに引き返す。……二人とも無理はするなよ」


 私は、持っていた剣を構えながら前に出る。


「フェリスも無理しちゃダメだよー。前が一番危ないんだから……」


 すると、コーシュカが言った。


「分かってる」


 ――魔物と遭遇した時に、先頭で戦うのは私の役割だ。


 剣術の心得がある私が魔物を引き付け、マオが後ろから強力な攻撃魔法を放って相手にとどめをさす。そして、コーシュカは治癒や保護の魔法で私達をサポートするという分担になっている。


「先に進もう」


 初めのうちは身構えていたものの、迷宮の探索も魔物との戦闘も案外やっていけた。


 予め魔物との戦闘訓練をしておいたことや、迷宮に関する情報をできる限り調べておいたことが活きたのだろう。


「二人とも、大丈夫か?」


 襲って来た魔物との何度目かの戦闘を終えた私は、後ろを振り返って二人に問いかけた。


「うん……ちょっと疲れてきたけど……平気ー……」


 息を切らしつつ、微笑みながら答えるコーシュカ。


「……そろそろ街へ戻った方が良いと思います」


 その様子を横目で見ていたマオが私に提案する。


「……そうだな。今日はもう帰ろう」

「遺物も結構見つかりましたし、お店で売れば当分はお金に困らないでしょう」

「やったー! いきなり大金持ちー!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねてはしゃぐコーシュカを見て、私とマオは互いに顔を見合わせ笑った。


 疲れているように見えたけど、もしかすると無駄な心配だったかもしれない。


「じゃあ、帰ろうか」

「――フェリスっ、危ない!」


 突然、私に向かって青ざめた顔で叫ぶマオ。


「え」


 ――その瞬間。それは音もなく現れた。


 *


「あぁ…………!」


 気が付くと、私の目の前にはマオだったものが転がっていた。


 鋭い牙で首をねじ切られ、毒液で体を溶かされ、肉の塊になっていくマオを、ただ見ていることしか出来なかった。


「いやああああああああああッ!」


 コーシュカの絶叫が、気絶寸前だった私の意識をかろうじて繋ぎ止める。


「あ、あぁ……っ」


 マオだったものの後ろには、黒い皮膚に赤い斑点――眼状紋を持つ巨大な芋虫の魔物が立っている。


 それは突如として木々の隙間から飛び出し、私を庇ったマオに頭から食らいついて、毒液でどろどろに溶かしてしまったのである。


 そうして、この場には私とコーシュカだけが残されたのだ。


 再び、マオだったものに視線を戻す。


 肉の塊が、未だに苦しそうに動いているような気がした。


 私たちもこれからこうなるのか?


「い……や……」


 ――嫌だ。


 いやだいやだいやだいやだいやだ。


「ああ……」

「ふぇ、フェリスっ……逃げないと――」


 その時、身じろぎしたコーシュカにあのおぞましい芋虫の魔物が飛びかかる。


「きゃああああああっ!」


 自分の身長の倍はある巨体に上からのしかかられ、鈍い音と共に両足を押し潰されるコーシュカ。


「ああああああああああああッ!」


 骨の折れる音と耳を塞ぎたくなるような絶叫が、辺りに響き渡る。


「……あ……あぁ……」


 私は恐怖でその場に釘づけになって、動けなくなっていた。


「た、助けて……っ、フェリス……ぅっ!」


 ――無理だ。一人であんな化け物に勝てるはずがない。


「ひ、ひいいいいいいいっ!」


 大粒の汗が吹き出してきて、目まいがする。すぐにでもコーシュカをあの魔物から助け出さないといけないのに、体が言うことを聞いてくれない。


「ふぇり……す……?」


 気付くと、私の足は魔物とコーシュカから遠ざかっていた。


 私は自分の命かわいさに、コーシュカのことを見捨てて逃げ出したのである。


「ま、まって……! 行かないで……フェリスっ!」


 その時、コーシュカの掠れた叫び声が聞こえきた。


「一人に……しないでっ! 助けてっ! いやぁッ!」

「ごめ、なさい……ごめんなさいごめんなさいっ!」


 わたしは謝罪の言葉を叫んだ。だって、そうだ。あんなのにかなうはずがない。


「うぐっ、ああああああああッ! 痛い痛い痛い痛いッ!」

「こっ、コーシュカっ?!」


 悲鳴が聞こえてきて思わず振り返ると、コーシュカの背中の肉を魔物が引きはがしていた。


「あ……あぁ…………!」


 その時、血まみれのコーシュカと目が合う。


「嘘つき」


 が、私に向かってはっきりとそう呟いた気がした。


 普段のコーシュカからは想像できないほど、恨みのこもった低い声で。


「裏切り者ぉ……!」

「あ…………」


 私は、尻もちをついて後ずさる。


「お前が死ね……!」

「ひっ……!」

「お前が死ねぇッ! 裏切り者ッ! 裏切り者おおおぉぉぉぉッ!」

「ひぃぃぃぃぃっ! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」


 窮地に陥った冒険者は時々、見捨てた仲間の恨みに満ちた声を聞くことがあるという。


 それは、罪悪感と極限の精神状態が生み出す幻聴。


 この声が本物なのか、あるいは幻聴なのか。今の私には分からない。


 私は必死に地べたを這いずり、魔物とコーシュカから離れようともがく。


「ふぇ……りす……ひどいよぉ……ふぇりすぅ……っ」


 しかし、その次に聞こえて来たのは、いつもの泣き虫なコーシュカの声だった。


「…………っ!」


 我に返った私は、思わず背後を見る。


「こ……コーシュカ……っ!」

「――ころしてやる」


 それが、コーシュカの最期の言葉だった。


 ――ぶちっ。という鈍い音と共に、悲鳴が止む。


 遠くに見える魔物が、何かの返り血で真っ赤に染まっていた。


「いやぁ……いやあああああああ!」


 私は半狂乱になって泣き叫んだ。


 コーシュカだったものから視線を逸らし、這いずって前へ進もうとする。


 いつの間にか手足を切ってしまったらしく、身体中が血まみれで上手く動けない。


「い、いやだ……いやだいやだいやだっ! 死にたくないっ!」


 そんな私のもとへ、コーシュカとマオを捕食し終えたあの魔物が、ゆっくりと近づいてくる。


「うぅ……あああああっ!」


 後悔ばかり募るが、もう遅い。


 私の間近に、口元から血を滴らせたおぞましい魔物が迫っていた。


 もう終わりだ。おしまいだ。私はここで死ぬ。何一つとして成し得ることなく、無意味に死ぬ。


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。


「だっ、誰かぁっ! 助け――」


 叫ぼうとしたその時、全身に激痛が走った。私の身体に、魔物の毒液が吹きかけられたのである。


「あぁぁああぁっ!」


 皮膚が溶けて、喉が焼ける。


 苦しい。痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


「こー……しゅか……、まお……ぉっ」


 これが報いだろうか。コーシュカを見捨てず立ち向かっていれば、二人の側でもっと楽に死ねたのだろうか。


 私は、想像を絶する苦痛の中でじっくりと身体の形を変えられ、齧られ、貪られ、あれほど嫌だった死を何度も願った後で、ようやく苦しみから解放された。


 私達のパーティの生還率は、三分の一にすら満たなかったらしい。





 ※※※※※






「クソがあああああああああッ!」


 コーシュカとフェリスの最期を見届けて死亡した俺は、モニターの前で絶叫した。


「そこでデスワームのバックアタックはないだろおおおおお! なんだこのクソダンジョン?! 一階につまらない即死トラップなんか仕掛けやがってぇッ! ゲームバランス考えろ!」


 <魔王様落ち着いてw>

 <げーむってなに?>

 <へ た く そ>

 <コーシュカたんもぐもぐ>

 <おれのほうがうまい>

 <↑味のはなし?コーシュカたんの圧勝だろ>

 <ぼくはマオたん派です>


 すると、視聴者からの温かい? コメントの数々が流れてくる。


「これさぁ、全員生存無理じゃね?」


 俺は椅子にもたれかかり、投げやりな気分で呟いた。


「はぁーあ」


 ――俺は様々な世界を管理している神だ。


 異世界転生モノなんかで良くある、死んだ人間を転生させてくれる神様みたいな存在だと思ってもらって構わない。


 元々は俺も日本で暮らしてた普通の人間だったんだけど、死後に神様こっち側の業務を任されてしまったのである。


 神様には、日本人を異世界に転生させる以外にも色々と仕事があって、その内の一つに信者の『救済』というものがある。


 悲惨な末路を辿ることが運命づけられている信者の意識に接続し、無意識下で行動をコントロールすることで、幸福な未来へと導くのだ。


 現在救済を行っているのは、とある下位世界に生きる敬虔な信者のマオ。


 彼女は仲間と共にダンジョンに挑んで、必ず惨たらしく死ぬ運命にあるので、それをどうにか修正しようと頑張っているのである。


 我々神の力は偉大なので、信仰がある限りいくらでも時間をまき戻してマオの運命をやり直すことが可能だ。


「マオだけでも助かればクエスト救済は達成なんだけどなー」


 <ダメ>

 <全員たすけて>

 <くえすとってなに?>

 <救済は遊びじゃないんだよ!!!!!>

 <思考停止でやるな>

 <何も考えないで生きてるのか?>

 <コーシュカたん・・・・>

 <ここまでフェリスたん派ゼロ>


 ちなみに、大抵の神様はこの救済をゲーム感覚で行っている。神様にとっては、人間を導くことなんてちょっとした暇つぶしのようなものなのである。


 ――そこで、俺は考えた。


 それならば、「ダンジョンで死ぬ運命にある冒険者」を救済する様子をリアルタイムで配信すれば、大勢の視聴者(神々)に見てもらえるのではないだろうかと。


 実は、神界にも『なんじチューブ』と呼ばれる動画投稿サイトが存在し、そこでは様々な神々が動画投稿を行ったり配信したりしているのだ。

 

 ……といっても神界は娯楽に乏しいので、俺が発見した当初はクソつまらない内容の動画や配信しか存在していなかった。


 とある女神様がほほ笑む静止画だけの、動画や配信と呼ぶのもおこがましい「何か」で百万再生行くくらいには娯楽に欠けている世界――それがこの場所、神界なのである。


 そんなこんなで、神界の娯楽に「ダンジョン攻略配信」を持ち込んで革命を起こしてしまった俺は、一躍有名配信者となった。


 現在は、汝チューブのハンドルネームにしていた「魔王様」の愛称で親しまれている。


 俺は人気ダンジョン配信者なのである。


「じゃあコンテニューするかー」


 <がんばって!>

 <こんてにゅーってなに?>

 <がんばれー>

 <もう一回全滅するとこが見たい>


 かくして、俺は下界の時間を巻き戻して、再びマオの意識にインするのだった。

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【ライブ配信】異世界ダンジョン初見攻略 おさない @noragame1118

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