私の首は玉璽か何か? ~アハハ! 国を追われた私、命まで追われてるんだけど~

紀之貫

第1章 王女、自由になる

プロローグ:追放

「――宮廷使用人、エリザベータ。枢密院会議の議決により、汝を廃嫡し、国外追放するものとする」


 静かな大講堂の中、厳かな声がかすかに木霊していく。


 白塗りの大講堂は天井が高く、威厳と気品に満ち満ちている。

 この空間では、国家の大事に関わる人間に対し、その弾劾・処断が行われてきた。

 語られることのない血なまぐさい歴史の中、政争の敗者、暗殺者、売国奴、政治犯……様々な大物が秘密裏に裁かれていったのだ。


 そして――ここは世界最強と名高い大列強、ラヴェリア聖王国。

 そんな大国を脅かしたとのかどで裁かれていった者たちは、いずれも一角ひとかどの人物ではあった。

 歴史の闇へと消されていった彼らは、権威・権力を前に、最期の時まで泰然と振る舞ったことだろう。


 今日の主役、エリザベータもまた、平然としたたたずまいを崩さないでいる。縦長の広間の中、一人穴の底のような席に立ち、高みにある周囲から視線を投げかけられても、なお。

 ただ、彼女は、これまでに裁かれていった者と大きな違いが一つある。


 彼女はメイド服を来た少女だ。この装いで裁かれる者は、彼女が最初だろう。


 柔らかなクリーム色で、つややかなロングヘア。凛々しく整った顔立ちの彼女は、自身に目を向ける者共へと視線を巡らせていく。

 処罰を受ける身の彼女へ、向けられる視線と、それに乗った感情は様々である。侮蔑、憐憫、無関心……


――そして、畏怖。


 こういった場に招集されるだけあり、あからさまな感情を表にする者はほとんどいない。

 しかし、抑制した中でも漏れ出るものはある。それらを確認した後、エリザベータはこの場の長に向き直り、声を掛けた。


「議長、一つよろしいでしょうか」


「許可する」


「今回の処分について、その理由をお聞かせ願えませんか?」


 エリザベータは、この場を取り仕切る男性に尋ねた。相手は、国政の中枢にある枢密院の長である。

 齢60を超えるものの、未だに壮健さを保つ重鎮の彼は、この要請を認めた。今回の決定に至るまでの理由を、落ち着いた口調で語っていく。


 宮廷に仕えるメイドには、貴族からの行儀見習いがそれなりにいる。

 その中には、かなり難しい血縁を持つ者もいるが……本件のエリザベータはとびっきりであり、端的に言えば家柄が今回の処断の原因だ。

 なぜなら、彼女の母親が、宮廷には相応しくない身分なのだ。父親の血筋にも、問題が無いわけではないのだが。

 もとより扱いの難しい彼女ではあったが、国王の厚情により、今までは宮廷内で面倒を見る赦しが出ていた。

 しかし、独り立ちするに十分な年齢となった今、宮廷内に留め置く理由はない。家系からも除籍し、一人で生きよ――ということである。


「国外へと追放される所以ゆえんは?」


「汝の血統を利用する者が出かねないため、それを防ぐ措置である」


 次いで、議長は彼女に申し渡した。これより一ヶ月以降に、その姿を国内で確認された場合、この議決に背くものとし、正式に罪人として捕縛――

 そして、処刑すると。


 エリザベータにとって、質問に答えてもらえているのは、少し予想外であった。

 というのも、こういう日・・・・・が来る事自体は読めていたものの、もっと問答無用だと思っていたからだ。


(体裁だけでも、きちんと取り繕ってるってことね……)


 しかし、次の質問はどうだろう? 彼女は少し間を開け、「もう一つ、よろしいでしょうか?」と尋ねた。

 これに対し、議長はわずかに顔を渋く歪め、やや間を開けて「許可する」と承認した。


「今回の決定と、王位継承競争への関係は?」


 エリザベータの口から出た声は、さほど大きなものではなかった。

 だが、静まり返った大講堂の中、不思議と声が拡散し、反響していく。

 この問いに揺さぶられるものがあったのか、彼女を取り囲む高座の輪に、かすかなざわめきが走り出し――

 その出掛かりを、議長の小槌が叩き潰した。木と木が打ち合わされる、少し高く乾いた音が響き、議席はわずかに発した乱れを整えていく。


「本件に関わらない事項については、回答の必要を認めない」


 議長はそう宣言した。

 だが、この言葉を正直に受け止めるエリザベータではない。

 彼女が発した問いへの、議場の反応。そして、議長の対応。場の制し方は、迅速でいて神経質にも感じられ、エリザベータの耳には言外の肯定として響いていた。


 議長の回答の後、場は再び静まり返った。

 だが、これまでにも増して、緊張感が高まったように感じられる。特に、エリザベータを見下ろす側の、高い座席の面々の間で。

 そうした顔ぶれに、彼女は顔を向けた。


 宮廷に仕えたメイドの放逐という口実あってか、この場には王の実子がいる。全員で七人だ。

 彼らは、次期王位を巡って競い合う仲でもある。そんな彼らを、エリザベータは順に見回した。


 王の第一子は、国防の重責を担う王子ルキウス。彼は謹厳ぶりを崩さず、落ち着いた風を保っている。

 王の第二子は、外征の一翼を担う王子ベルハルト。女好きのする美男子の彼は、エリザベータにどことなく楽しそうな笑みを向けている。

 王の第三子は、外交の柱石である王女アスタレーナ。ツリ目でキツい雰囲気の彼女だが、この場においては、どこか影の差す神妙な顔つきでいる。


 王の第五子は、後宮の司である王女ネファーレア。つややかな黒い長髪が、美しさとともに陰気さも与えてくる彼女は、誰よりも強い敵意と害意をエリザベータに向けている。

 王の第六子は、法務と祭祀の御子である王女レリエル。メガネを掛けたこの堅物は、この場においても何一つ感情の揺らぎを見せることがない。ただまっすぐにエリザベータを見つめている。

 王の第七子は、国家技術部門の若き名工である王子ファルマーズ。彼がエリザベータに向ける興味は、他の誰よりも薄いのかもしれない。所在なさげに、周囲を観察しているようだ。


 この場に王子・王女は勢揃いしているが、国王はいない。

 その事を問おうかと思っていたエリザベータだが、それはやめておくことにした。いかなる回答であれ、単に不愉快な思いをするだけだろうと考えたからだ。


 彼女の方から確認することは、もうなくなった。聞きたいことはあるが、まともな返答を貰えるとも思えない。

 その心中を察したのかどうか、議長も、この場を切り上げようと考えたようだ。彼は今回の結びに、エリザベータへと声を掛けた。


「建国の始祖、ラヴェリアの威光と恩寵が、永く汝と共に在らんことを」


 色々と言いたいことはあったが、エリザベータはグッと飲み込み、おとなしく頭を垂れた。

 床に向けた顔は、唇が少し引きつっているが。

 その後、退室を命ぜられ、彼女はこの息詰まる大広間を後にした。


 厳しく重厚なドアを開けると、かなり緊張した面持ちの中年男性がそこにいた。

 エリザベータは、彼の装いから何らかの高級官僚だと察した。

 実際、こうした裁きの場のすぐ傍に控えていたのだから、相応の人材であろう。

 そんな彼だが、これから国を追い出されるこのメイド少女に対し、どこか畏れを抱いているようだ。

 硬い顔の彼は、手にしたものをエリザベータに手渡した。今回の辞令を文書にしたものである。


 書類をざっと見した彼女だが、特に気にかかる記載はなかった。血統上の問題により、国外追放は妥当性のある措置であり、一ヶ月の猶予の間にうんぬんかんぬん……

 この書類を受けとっても、後で役に立ちはしないだろうと彼女は考えた。今回の裁きは、あくまで非公式なものである。

 であれば、それに関わる文書も、この場から出れば何ら正当性を持たないだろう。


(というか、これを外で利用しようとしても、国は逆に公文書偽造の咎で責めるでしょうね……)


 結局、彼女はこの書類を破り捨てた。

 この挙行にギョッとした役人は、さらに恐縮した様子になって、エリザベータに次の贈り物を手渡した。中からチャリチャリと軽やかな音がする、ちょっとした小袋である。


「こちらを、当面の旅銀にと」


「ありがとうございます」


 国からの文書を破り捨てた彼女だが、今度は恭しく振る舞った。

 金に惹かれたのではなく、一私人にまで落とされた身分を反映しての、ちょっとした当てつけのつもりだったが……お役人は呆気にとられたままだ。

 そのつもりはなかったが、彼を弄ぶ結果に終わったかもしれない。少し反省しつつ、エリザベータはその場を後にした。




 ラヴェリア聖王国を追われた彼女の名前は、エリザベータ・エル・ラヴェリア。

 追放前は第4位王位継承者の、いわゆる王女様だ。

 父は当然、聖王国現国王、バルメシュ・エル・ラヴェリア。

 母は、伝え聞くところによれば高級娼婦。


 今では土の下だ。

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