JK愛の逃避行。夏休み宿題死闘編

第1話

「ミチルー」

 両手にそれぞれ麦茶が入ったコップを持った私は自分の部屋のドアの前でミチルを呼ぶ。ドアを開けてほしい。

「だれー?」

「サナだけど」

 当たり前だろう。ここは私の家で、ミチルは私の家に遊びに来ているのだから。正確には私の夏休みの宿題を写しに来ている。だから、今のところ遊んでいるのは私だけだ。

「いえーい。サナ。うぇーい」

 なんだその返し。そしてドアは開かない。

「ミチルー?」

「うぇいうぇーい」

 返事は早い。だけど、ドアは開かない

 ドンとドアを軽く蹴る。

「早よ開けろ」

「はい」

 そして、ようやくドアが開いた。

「早く開けてよ」

「開けてって言ってよ」

「言ったでしょ」

「言ってない」

 ミチルが「絶対に言ってない」と力強く言うものだから、思い返してあげたけど、うん、たしかに言ってないわ。

「ごめん」

「いいけど」

「でも、察してよ」

 ドアの前で意味もなくミチルの名前を呼ぶわけがない。

「めんどくさい女」

 私は麦茶の入ったコップでミチルの頭の上に置く。

「こぼれるー」

「こぼれない」

 コップはちゃんと持っている。


☆(ヒトデ)


 ローテーブルに麦茶を置く。我が家にはお盆なんて気の利いたものはないけれど、こういうときはあったほうがいいかもと思う。今度お母さんに言ってみようかな。あー、でも、家に来るのは基本的にミチルだけだからやっぱりいらないか。 

「ねえ、サナー」

 ミチルはローテーブルにぐだーっと突っ伏す。散らかった夏休みの宿題はその下敷きになる。

「なに?」

 夏休みだからって調子に乗って染めた金髪にさっきの麦茶の結露がきらりと光っているのが見える。

「飽きた」

「知らん」

 ミチルの金髪もつむじのあたりとかをよく見ると黒い部分が増えてきている。ほっておいたらやっぱりプリンみたいになるんだろうか。

「前世でさ」

「今世の宿題に集中しろ」

「私とサナが実は悲劇の死を迎えた運命の人だった記憶が蘇ったんだけど」

 私の言葉を無視して、ミチルは続ける。

「ふたりは愛の逃避行の末、非業の最期を遂げるんだよ」

「なんで逃げてるの?」

「夏休みが終わっちゃうから日付変更線から」

 両手を広げて、ろくろを回してるようなポーズで力説。この世で一番信用できないポーズ。

「バカじゃん。で、なんでいきなりそんな記憶蘇ったの?」

「麦茶コップがきっかけで」

「その程度で蘇った記憶信用できねぇ」

「来世では宿題写すの手伝ってねと誓い合ったんだよ」

「ろくでもない誓い」

「だからね。お願い」

「やだよ。見せてあげるだけでもありがたいと思え」

「それは思ってるよ! ありがとう!」

「うるせえ」

 声がでかい。

「明後日から学校なんだから急ぎなよ」

「わかってるけどー」

「早く終わらせないと夜になるよ」

 もう六時を回っている。そろそろお母さんも帰ってくる。

「うーん。ねぇ、今日泊まっていい?」

「別にいいけど、準備なにもして――」

 ないでしょ。と言おうとしてやめた。ミチルが喜々として鞄からパジャマを取り出していたから。もとから泊まる気だったらしい。

「ねえ、結局、前世で私とミチルが運命の人だったっての思い出してないの?」

「それはまあ、まだだけど……」

 まだか。

 私は立ち上がってから言う。

「なんだ。ミチルも思い出したのかと思ったのに」

 トイレ。そう言って私は部屋を出る。私が部屋を出るまでの間、ミチルはなにも言わなかった。どんな表情をしていたかもわからない。だって、顔を見ないようにしてたから。

 私が部屋から出たくらいで、後ろから「え! それって! ちょ、サナ!」というミチルの声がして、続いて、ガッ! と鈍い音がして「あぁん! 麦茶がぁ!」という悲鳴が聞こえてきた。


☆(星)


 ご飯も食べて、お風呂も入って、もう寝るってところまで来て、髪の毛をちゃんと乾かしていないことを思い出した。ミチルといるとどうも調子が狂う。

 ドライヤーのスイッチを入れる。ぶおおおおと風がドライヤーの口から吐き出されていく。

「ちょっとうるさいけど」

「うん。髪長いと大変だね」

「うん。もう慣れたけどね」

 長いと言っても私の髪の長さは胸くらいまで。腰まで伸ばしている人とかはもっと当然もっと大変なのだろう。さすがにそこまで伸ばす気にはなれない。

「ミチルもあとで使う?」

 お風呂から上がって、ミチルもドライヤー使っている様子はなかった。

「私はいっつも使わないから大丈夫」

「そういえばそうだったね」

 ショートヘアの金髪(プリンになりかけ)はお風呂上がりで濡れ髪になっていて、いつもと少し雰囲気が違ってみえた。

「おいで。先にやったげる」

「えー。いいよー」

「いいからこい」

「はい」

 私の前にミチルを座らせて、髪の毛にドライヤーの風を当てていく。染めたくせに全然ケアしないからなのか、ミチルの髪はやっぱり少し傷んでいた。

 わしゃわしゃとミチルの髪の毛を触りながら思う。

「これいつ黒染めする気なの?」

「え?」

「明後日から学校だけど」

「あっ……」

 こいつ。黒染めするの忘れてたな。

「サナ。一緒に日付変更線まで逃げよ?」

「美容院までなら付き合ってあげる」

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JK愛の逃避行。夏休み宿題死闘編 @imo012

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