朝が来て、晩が来る

桃丞優綰

予告された死

第1話 朝 予告された死 一日目

朝 


  予告された死


一日目


 いつも通りの朝。いや、いつも通りの朝と感じるときは大抵清々しい朝だ。澄んだ空を駆け上がる太陽が、暗い世界にエネルギーを充満させる。広い場所へも狭い場所にも。隙間を縫ってその領土を広げていく。例えそこが窓に閉ざされようとも、カーテンに閉ざされようとも、瞼に閉じされようとも。そのエネルギーは閉じた世界を開放させる。




 私は大きな伸びをした。気持ち良い。




 これは習慣なのだが、私は朝起きると昨日書いた日記を読み返す(ところで私は日記を書く習慣があるということは言わずとも知れよう)。これは昨日までの反省を元に、今日の体調を考慮し、一日の予定を立てるためである。この作戦は大変優秀であり、私はこれのおかげで約束事を忘れたり、期限に遅れたりということがまず無い。また大抵の行動に迷うことも無いため、要領良く的確な判断が出来るのである。たかだかこれだけの事をするだけで私は世の中から評価され、エリートとして、勝ち組として生きてきた。良い習慣を得ることができたものだとつくづく思う。




 ふむ、ところで昨日はわが社の命運を分けるプロジェクトの行程として、共同参画を持ちかけている会社に企画書を提出した。手応えは十分。きちんと根回しはしたし、そんなに生産性の低い話ではない。今日辺りにも返事は来て、共同会合の予定を決める手筈になるはずだ(ああ、そうそう、このプロジェクトは勿論私が主導で預かっているものだ)。とりあえず、今日のところは会合日の候補を決めておく程度で十分だろう。あとは、まあ企画書の内容について質問されそうなところを抑えるくらいか。




 おっと、朝食を食べるか。




 私はもういい年なのだが、配偶者はいない。当然、というか恋人もいない。別に興味が無い訳ではないが、この習慣の唯一の欠点と言うべきか、どうにも恋愛を発展させるのには不向きなようである。というのも恋愛を復習するとか、恋愛の予定を立てるとか、男児としてどうにも違和感以外の何物でもない。必然私の頭の中は仕事や勉強といった、社会的なものにばかり支配されてきた。非常に生産的である。




 まあ、なるようになるだろう。と、言って、もう十数年か……。とにもかくにも、そんな私にはこれといったプライベートな予定は無い。別断熱を入れている趣味もないからだ。趣味がないというのも恋愛のそれと似たようなものである。まあ、ようは私は仕事に生きてきたタイプだ。そう言えば格好はつく。おそらく周囲にも予定びっちりの仕事バリバリ大真面目野郎として映っているだろう。まあ、否定はしない。




 さて、朝食は食べたし、新聞でも読むか。




 新聞を朝食の前に読む人と後に読む人が居ると思う。私はと言うと後者だ。理由は簡単明瞭、朝食を作ってくれる人がいないからである。前に読む人というのは誰かが作っている傍らに読むのだろう。私とは縁遠い話だ。まあ、だからと言ってこれと言うほどのデメリットも無く、むしろ好都合なくらいだ。朝食を作りながら、摂りながらニュースを見て、気になるところやニュースで流れなかったところを新聞で掘り下げて見る。効率いいじゃないか。なんともね。




 『今日の星占い。いて座のあなたは残念ながら最下位です。今日は予定外のことに見舞われそう。周りの人を大切にしましょう。ラッキーアイテムは水晶玉――』




 星占い。なんとも信用し難いものの一つだ。占いなぞというのは、信じるだけ馬鹿を見る。当たった試しなぞ無い。が、しかし流れで見てしまう。当たらない割にはニュースや新聞の端にはちゃっかり乗っていたりする厄介な奴だ。厄介というのは、順位が良ければいいが、悪ければ一日の気分が台無しになる。ああ、本当に気分が悪い、チャンネルを変えてやる。




 『今日の最下位は、いて座のあなたぁ~。悪いことに悪いことが重なって、気分は最悪。周りの人に当たって、関係を悪くしないように要注意。ラッキーカラーはピンク――』




 ああ、全くどこの局もろくなもんじゃない。大体、星占いというのはどれもこれも同じ結果なのか。いや、まあ同じ占いなのだから当然か。しかし、私は以前、違う局だと違う結果だったことがある。やはり占いなど当てにはならないと思ったものだ。まあ、たまには同じこともあるんだろう。全くもって不愉快だ。……因みに新聞にはなんて書いてあるのだろう。きっと違うに違いない。




 『いて座。恋愛運、星二つ。仕事運、星一つ。総合運、星一つ』




 見なかったことにしよう。いや、そろそろ新聞社を変えることも検討しようではないか。さあ、支度だ支度。雑念を捨てて生きようではないか。仕事だ仕事。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る