留守番電話の謎
独白世人
留守番電話の謎
左手に携帯電話を持ったまま、しばらく動けなかったのを覚えている。
その奇妙な留守番電話を初めて私が聞いたのは、しとしとと春の雨が降る朝だった。
「ハジメマシテハルカサン。ボクハアナタノコトヲヨクシッテイマス。ハルハアナタノキセツデスネ。マタデンワヲシマス。オゲンキデ」
当時、看護師をしていた私は、夜勤明けにその声を聞いた。まるでテレビドラマに出てくる誘拐犯の身代金要求のようにボイスチェンジャーで変えられた声だった。
わずか15秒ほどの留守番電話だった。しかしその声は私の耳から離れなかった。しばらくの間私は、恐怖を感じながら生活することになった。そして、夜道を歩く時には何度も背後を振り返るような臆病な人間になった。
2度目は気持ちの良い夏の日の朝だった。2日続いた夜勤明けの朝、私は病院の廊下から見える中庭に咲いた向日葵に目をやりながら、その留守番電話を聞いた。外は良く晴れていて、向日葵たちは蝉の鳴き声をBGMに、太陽に戦いを挑んでいるようだった。
「ハルカサン。オヒサシブリデス。ナツガキマシタネ。ソノトキガマタチカヅキマシタ。ボクハマチドオシイ。ソノトキガクルノヲ。ハヤクハヤク、ハヤクハヤクトマチコガレテイマス」
一体何を待ち焦がれているのか?
前回と同様に番号非通知でかかってきたその留守番電話は、ピッタリ午前0時に録音されていた。もしかしたら1度目の電話も午前0時に録音されていたのだろうか? とうの昔に消去してしまっていたので確認のしようがなかった。
気味が悪くなった私は、その当時スポーツクラブで知り合ったばかりの義和に相談した。義和は親身になって相談に乗ってくれた。残業で私の仕事が夜遅くなった時は、病院まで迎えに来てアパートまで送ってくれた。
3度目は冬の寒い日だった。
やはり夜勤明けの朝だった。
窓の外の雪を見ながらその留守番電話を私は聞いた。録音された時間はやはり午前0時だった。
「キノウ、スーパーデアナタヲミカケマシタ。カレーハオイシカッタデスカ? ボクモタベタイナァ。デモ、モウスグデス。マタソノトキガチカヅキマシタ。ボクハヒヅケガカワルノガトテモウレシイノデス」
秋の終わりに私と義和は付き合い始めていた。義和は決して私のタイプの男ではなかったが、とても優しくて誠実な男だった。
3度目の留守番電話からは夜勤の度に「マタチカヅキマシタ」と一言だけ留守番電話が入るようになった。どれも午前0時に録音されたものだった。
私は義和と話し合った後、警察に届け出ることにした。私達を担当した警察官の対応は最悪だった。警察署からの帰り道、私達は警察に対する憤りを口にしてなんとかその鬱憤を晴らそうとした。
結局、警察は何もしてくれなかった。
私は日々の生活に恐怖を感じるようになり、少しノイローゼ気味になった。
義和はそんな私に「一緒に住まないか?」と提案してきた。
私はその提案に従った。
義和と一緒に住み始めると、留守番電話は一切なくなった。
4年前に結婚した私達には3歳になる息子がいる。
そして、最後の留守番電話があってから5年が経っている。昨年、郊外に35年ローンで家を建てた。小さいながら庭もある。
日曜の昼下がり、リビングのソファーで寄り添って寝てしまった2人にブランケットをかけてやった後、義和が机の引き出しの奥に隠し持っているボイスチェンジャーのことを思い出していた。それは、ホッチキスを探している時に偶然見つけたものだった。
何故あんな物を義和が持っているのかという疑問は、どうしても1つの答えにしか辿り着かない。おもちゃと言えるレベルのその物の電源を入れて声を出してみたところ、あの留守番電話の声にそっくりだったのだ。
留守番電話の主が義和だったとするなら、この結婚は計画的に仕組まれたものだったのか? 得体の知れない留守番電話によって私の心を不安定にし、私を支配することが義和の思惑だったのではないか?
そういえば彼は、日付が変わる瞬間に人一倍の執着を持っている気がする。毎年、年明けの瞬間だけは自分の部屋で一人になりたがるのだ。
不気味なその行動の意味が少し分かった気がする。
留守番電話が決まって午前0時に録音されていたのもそれならうなずける。
彼は私と結婚する日をカウントダウンしていたに違いない。
動いていないと落ちつかなかった。
洗面所に移動した私は、洗濯機に洗濯物をほうりこみながら考える。
おそらく彼は今も何かをカウントダウンしている。
それは何か?
彼自身の死か?
それとも私の死か?
身震いをして手を止める。
洗面台の鏡に映った顔を見る。
そこには自分でも見たことの無い、恐怖と絶望の顔があった。
留守番電話の謎 独白世人 @dokuhaku_sejin
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