第19話「片付け」500文字 【階段の踊り場、ペーパーナイフ、預かる】
「この家を預かる身としては、気苦労が絶えないね」
夫はパンをちぎると、バターを塗って口に放り込んだ。
朝帰りの理由を聞かなくなって、五年は経った。
咀嚼しながら、自分の経営手腕の素晴らしさと、信用できない部下の処遇について、ぐだぐだと話し始める。
財産目当てで父に取り入り、私と結婚した。まもなく、父は湖から水死体で発見され、事故死として葬られた。
幼少期に弟を、学生時代に母をも亡くした私は、孤独の身となった。夫は他人だ。父亡き後の豹変ぶりは目に余る。私は、家族写真に毎日祈り続けている。
何より許せないのは、父の遺品を粗末に扱うことだ。ガウンはソファで尻に敷き、中折れ帽には小銭を投げ、ステッキでノラ猫を追い払う。にも関わらず、高価な装飾品は身につけて自慢している。
そうして今朝も、父が愛用していた木製のペーパーナイフで、バターを掬うのだ。
朝食が済むと、夫は欠伸を噛み殺しながら二階の寝室に向かった。一、二、やがて七段目で足音が途絶えると、呻き声と振動が響いた。
私はコーヒーをゆっくり飲み干すと、テーブルの片付けをはじめた。
ペーパーナイフに仕込んだ毒。
階段の踊り場で、息絶えているだろう夫の始末はこの後だ。
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