第9話「恋葉」500文字【香水、梯子、葉書】
叔母からワン切り。
その後不通のまま、家に向かう。
古希間近の叔母は、独身を貫き生家に一人住まい。昨年体調を崩してからは、単独の外出はほぼ無く、私は大概の所用を頼まれていた。
玄関の戸には鍵がかかり、インターホンも、ノックや呼びかけにも反応は無い。合鍵を預かるべきだった。後悔しつつ、家の脇に廻ろうとした際、梯子に躓きかけた。叔母の部屋は二階。梯子を動かし急いで登る。
窓に手を掛けると硝子が滑り、むせるような花の匂いが迫ってきた。
叔母はベッドで眠っていた。
サイドテーブルには、空になった瓶が二つ。
香水と、入眠薬。
大声を出しながら揺さぶる。息は。鼓動は。体温は。
枕下からは白い封書が見えた。
私は119を押す。
だらりと下がる叔母の手から葉書が落ちた。
宛名面には名前だけの明記、その人物に心当たりは無い。
『お変わりありませんか。思いは募るばかりです。いずれお会いしましょうね』
出さずじまいの黄ばんだ葉書。秘めた恋だったのか。
寝顔の薄い微笑みは、花の香りを纏い、幸せな旅をしているからだろうか。
叔母よ。そのまま逝ったほうが幸せだとは思う。けれど、入眠薬のひと瓶では死に至らないはず。
サイレンの音が、近づいてきた。
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