第3話「月の魚」500文字【杓文字、金魚、スーパームーン】
彼が残していったのは、木製の杓文字と一匹の金魚。
炊きたてのご飯をよそい、杓文字を小皿に置くと、食卓の隅で、金魚鉢の中を赤いのが行ったり来たりする。
今夜はスーパームーン。
橙色の大きな月は、開け放した窓に迫ってくる。見とれていると、金魚鉢が震え出し、杓文字の上に赤が跳んできた。
「薄味なんだね。一度食べてみたかったの」
寝そべったまま、ご飯粒に口を這わせウインクをした。
一瞬、思考が皆無になったが、水に返そうと杓文字を掴む。赤は激しく跳ねて抵抗する。
「このままだと死んじゃうよ」
「大丈夫。ね、ちょっと手を貸して」
真ん丸の目が光った。
「いい? 満月に手放しをして、新しい恋と出会ってね。だから私を月に還してね。あそこには黒もいるからね」
去年の宵宮で、彼が掬った二匹の金魚。黒い方はひと月で死んで、赤が残った。
彼が出て行って半年になる。
窓いっぱいが月になった。
その模様は魚のように揺らぎ、黒い尾ひれが見え隠れしている。
「じゃあね、幸せを祈ってるわ」
私は橙色に向かって杓文字を振り上げた。反動で赤が飛んでゆく。魚群に混じり泳ぎはじめると、月は遠のいていった。
金魚鉢から気泡がひとすじ。
杓文字は、うっすら生臭かった。
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