第70話

「納得いきませんわ!?」


 先ほどの店からそう遠くもない、大通りに面した広場である。


 取り乱す事の少ない自称聖女が、人目も憚らずに声を荒げていた。


「もうちょっとで上手くいくところでしたのに!」


 イラついた時の癖なのだろう。親指の爪を噛みながらベンチの前をうろついている。

 そのベンチに座りながら。


「まぁ、誰にだって悪い日はあるもんだ」


 元から不味い風向きだったのだ。ラビーニャが失敗したとして、責める理由もない。が、普段から得意気に交渉事を引き受ける悪女である。からかう理由にはなった。つまりは、生温いにやけ顔で言ってやったのだが。


 攻めるのは得意だが、攻められるのには案外弱いラビーニャである。キッ! とこちらを睨んで長い指を向けてくる。


「一度失敗したくらいで一緒にしないで欲しいですわ!」

「へっへっへ、こっち側は気楽でいいぞ~」


 と、亡者を気取って手招きなどしてみつつ。


「でも、どうするんすか?」

「仕事が貰えないと美味しいご飯も食べれないのである……」


 さして不安がるでもなくペコ。キッシュはひもじそうに腹を撫でている。


「別に、冒険者の店は一つだけってわけでもねぇ。片っ端から訪ねて回れば、一つくらいは話の分かる店もあんだろ」


 肩をすくめると、気楽な心地でライズは言った。こんな扱いも、ライバーホルンでの一件で慣れたものである。正直、さして心配もしていない。店の格を落して行けば、どこかには引っかかるだろうという確信はあった。


「それもそうっすね」

「安心したのである」


 と、チビ達も納得した様子である。


「さっきの店より格下ではダメですわ! もっと上の店を行きつけにして、わたくし達を追い出した事を後悔させてやらなくては、腹の虫がおさまりませんわ!」


 プライドを傷つけられたのだろう。恨みがましくラビーニャは言ってくる。


「そんなちいせぇ事気にすんなよ」


 と、ライズは思うのだが。


「い、や、で、す、わ!」


 ラビーニャはあくまで拘るつもりらしい。


「わたくしのみならず、信仰まで馬鹿にされたのですから! この街で華々しく活躍して、あのスケベ親父の鼻を明かしてやらなければ、ダイアース教徒の名折れですわ!」


 スケベもなにも、ラビーニャの方から色仕掛けを使ったのだが。


「わかったわかった。ま、試すだけならタダだしな」


 突っぱねる理由も特にないので、適当に肩をすくめて折れておく。


「けどあのおっさん、なんでダイアースの事嫌ってたんすかね?」


 無邪気な疑問をペコが唱える。


「そんなの、わたくしの知った事ではありませんわ!」

「女神様の神殿のカジノで大負けしたとか?」


 と、キッシュが首を傾げながら呟く。


「かもな」


 適当に相槌を打つ。


 ありそうな話ではあるが、こんな所で話し合った所で答えが出るわけでもない。

 そもそもダイアースはメジャーな神ではないし、その信者は神殿の地下でカジノを営業しているような連中である。


 他のメジャーな神殿と比べれば、らしくない所は多い。これもまた、ただの推測でしかないが、その土地特有の事情とやらがあるのかもしれない。と、思いはするが、言った所でラビーニャの八つ当たりを受けるだけなので黙っておく事にした。


(ま、ラビーニャの頭が冷えるまでは休憩だな)


 ベンチに座ったのも、その程度の理由だった。それまでタウンガイドでも眺めて次の候補を探そうか――と、思った矢先である。


 物々しい集団が広場にやってきて、ライズは興味を引かれた。


 見た所は、高位の宗教関係者の送迎と言った所である。美しい白馬に引かれて、大型の馬車が優雅に進んでいる。白を基調とした派手な馬車は、貴族が使う高価なティーセットを思わせた――が、よくよく見れば、作りは無暗に頑丈そうで、装甲車といった風でもある。興味を引かれたのも、そんな所に違和感を覚えたからかもしれない。周りにも、護衛らしい武装した神官が四騎、騎乗して付き添っていた。


 だからどうしたという事もなく、ただ物珍しいだけだったので、興味もすぐに失せたが。


(……いや、違う)


 タウンガイドに戻しかけた視線を上げる。


 遠くから呼び掛けられでもしたように、ライズは辺りを見回した。


「ライズさん、どーしたんすか?」


 そんなライズを不思議に思ってペコが聞いてくるが。


「わからねぇが……なんだ? 嫌な予感がしやがる……」


 根拠はない。自信も。だが、予感はあった。よく出来た間違い探しでも突きつけられたような心地である。隣の部屋で鍋の中身が焦げているような、そんな焦燥感があった。


 三人も、ライズの直観を確かめるように視線を彷徨わせる。


「別になにもありませんけど」

「もしかして、ライズの事を好きなあの三人がこっそり後をつけて来てるとか?」

「それはホラーっすね」


 大真面目にふざけた事をキッシュが言う。


「なわけねぇだろ……」


 と、呆れた心地で否定はするが。


(いや、マジで、本当にないよな?)


 言われてみると、絶対にないとも言い切れないどころか、むしろあり得そうな気がしてしまい、張り込めそうな物陰に三人の顔を探してしまう。


「……いた」


 見つけて、ぽつりと。


「え!?」

「マジですの?」

「やべぇっすね」


 三人もギョッとするが。


「違う。あいつらじゃない。妙な連中が張り込んでる」


 妙と言っても、見た目はどうという事のない普通の市民や冒険者のように見えたが。張り込みに丁度よさそうな場所に身を潜めて、決意めいた表情をどこかに向けている。そんな連中があちこちに張り込んでいれば、妙だと言うしかない。


 当然のように、ライズはそれらの視線が交わる先を探した。


「――そういう事か!」


 ハッとして走り出す。


「ライズさん!?」

「どうしたのであるか!?」

「用心なさい。きっと、ろくでもない事が起きるにきまってますわ」


 困惑するチビ共に、ラビーニャがわけは分からないまま警戒を促す。そちらは任せていいだろう。


「止まれ!」


 駆けだして――立ち止まったのは例の馬車の前だった。そんな事をすれば、馬は驚いて足を止めるしかない。


「なんだ貴様は!?」


 すぐさま前を守る護衛の二騎が詰め寄って来る。


「そいつは後だ! よくわからんがあんたら、妙な連中に狙われてるぞ!」

「なに――」


 指さした方を見て護衛が絶句する。


 物陰に隠れていた連中が、あり合わせの覆面で顔を隠してこちらに殺到していた。


「そっちだけじゃない! 向こうにも――とにかく、囲まれて――」

「敵襲!」


 話していた神官がいきなり叫ぶと、胸元から引き出した警笛を鳴らした。魔導具なのか、小指程の大きさしかない癖に、笛の音は雷鳴のように喧しい。


 思わず耳を塞ぎたくなるが、四方から投影される攻撃的な魔力を感じてそれどころではなくなる。


「魔術が来るぞ――」


 警告しつつ、防御の為の魔力を練るが――


「――どわぁ!?」


 目の前の神官にいきなり斬りかかられ、慌てて飛び退く。


「なにしやがる!」

「黙れ魔王論者が! 貴様も仲間だろう!」

「なんでそう――」


 なるんだよ!? と、抗議する暇もない。


 覆面の一人が放った魔術の火球が迫っていた。


「魔壁よ!」


 半球状の魔力の壁を作る。火球は馬車の手前に着弾し、爆炎と共に石畳を吹き飛ばした。近くの神官くらいは守ってやるつもりで大き目に壁を作ったのだが、騎乗しているせいではみ出していたらしい。散弾と化した石畳の破片を食らって、斬りかかってきた神官が馬上から吹き飛ばされる。


「くそったれ!」


 逆側からも似たような魔術を撃たれていたが、そちらは別の神官が奇跡の障壁で防いでいた。


「固まれ! 障壁を張ってイスミール様をお守りするんだ! なんとしても応援が来るまで持ちこたえろ!」


 馬は暴れると判断してか、残った三人の神官は馬から降りていた。その中の一人が指示を出し、重装甲の客車を囲むように並ぶ。


 御者が暴れる白馬を解き放つのと同時に、三つの障壁が三角形を描くようにして客車を守った。


 ライズはその外に取り残される形になるのだが。


「おい! こいつはどうすんだよ!?」


 と、礫の直撃を受けて倒れた神官を指さして叫ぶ。そうしている間にも覆面の集団は、火球やら矢やらを放って、それどころではないという感じだが。


(ほっといたら巻き添えで死ぬぞ!?)


 倒れた拍子に頭でも打ったのか、神官は礫を受けた肩の他に、頭部からも血を流しているように見える。


(――どうする――って――どうも――こうも――ねぇじゃねぇか!?)


 理不尽な気持ちをぶつける相手も見つからず、内心で叫ぶ。迷う時間すら惜しい。というか、悠長に悩む余裕もない。


 ライズは倒れた神官を肩に担ぐと、魔力の壁を張りながら、大慌てで仲間の元へと逃げ帰った。

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