第43話
激戦という事の程でもなかった。強敵ではあったが、所詮は脳なしの植物である。生身のシルバーエッジの方が、余程強かったに違いない。
(……クソッタレ)
痛む胸を押さえる。
強がってはみたが、受けた傷は大きかった。
身体ではなく、心の傷だが。
死霊使いの根に取り付かれたら、そう簡単には殺せない。まぁ、取り付かれた相手は既に死んでいるのだが。形もない程刻んでやるか、焼き尽くすか――殺す方法はいくらでもあるが、人間相手にやるのはかなりの気力が要る。
結果を言えば、動けなくなる程度に四肢を奪ってから、炎で焼いていた。
今は、燃えカスを前にラビーニャが鎮魂の祈りを捧げている。
本当は、そんな場合でもないのだろうが。
多少の縁はあった連中だ。
弔うくらいの義理はある。
「大丈夫か」
ぼんやりと、焼け跡に残った人型の黒い染みを眺めるペコに聞く。
もとはただの村娘だ。人を殺した経験などないだろう――別にペコが殺したわけでもないが、だからと言って、平然としていられる状況でもない。
「平気っすね」
予想に反してペコはケロッとしていたが。
どこか不思議そうに、両の掌に視線を向ける。
「こういうのってもっと、罪悪感とかあるのかと思ったっすけど」
「そ、そうか」
引いたわけではないのだが、戸惑いはした。流石に長く冒険者をやっていれば、人を殺めた経験もあるのだが。ライズはいまだに罪悪感を覚える。人間を殺すのも、痛めつけるのも、得意ではない。
「別に、愉しんでたわけじゃないっすよ」
弁解するようにペコが言う。
別にライズもそこまでとは思っていないが。
「むしろ逆で……悔しいって言うか、早く助けてあげなきゃって……だから――やらないといけない事をちゃんとやったって気分っす」
シルバーエッジだった者達に向かって言うと、不意にこちらを見上げてくる。
「これって、変すかね?」
それだけは、少しばかり不安そうに聞いて来たが。
「さぁな」
肩をすくめる。
「なんだって、誰かにとっては変な話だ」
「ライズさんに聞いてるんす」
真っすぐ問われる。逃げ道を塞がれて、言葉を選んだ。
「勇者っぽくはあるかもな」
危うい考えだとも思うのだが。それを告げるのは、杞憂のようにも思えた。逆から見れば、こちらの意気地がないだけという話にも思える。
「誰よりも辛い事をやらないといけないのが勇者だとしたらだが」
「勇者になるのも大変そうすね」
他人事のように呟く。
タフな奴だとライズは隠れて肩をすくめた。
「終わりましたわ」
「あぁ。面倒かけたな」
「これでも神官ですわよ」
ラビーニャがジト目で睨み、肩をすくめる。
「祈りを欠いて、化けて出られても困りますし」
そういう事がないでもない。魔力の濃い場所では特に起こりえる。無念を宿した魔力に突き動かされてアンデッドになるか、無念そのものが亡霊になるか。神官の祈りは伊達ではない。が、今の言葉は冗談のつもりだろう。不謹慎さは否めないが、こんな時だからという気遣いは感じた。
「そうだな」
笑い顔を作るにはそれなりの努力が必要だったが。シルバーエッジ――ベイルと名も知らぬ冒険者達。思い返せば、悪い奴らではなかったのかもしれない。思い出になってしまった人間は皆そうなるのかもしれないが。
疲れていた。
身も心も。
「――か」
「帰りませんわよ」
回り込むようにしてラビーニャが言ってくる。
「ここで帰ったら、彼らも浮かばれませんわ」
(……その言い草はズルいだろ)
拗ねたような気持ちになるが、案外ラビーニャは本気だったのかもしれない。焼け跡に向ける視線は終わった夢を惜しむような寂しさがあった。
「――なにか来るぞ!」
ふと気づいて警戒を促した。
それぞれに武器を構えて森の奥を睨むと、見知らぬ冒険者の一団が現れ――ライズ達には目もくれず駆け抜けていった。
「なんだったんすか?」
「なにかに追われてるのかもな。ヤバそうなら、こっちも逃げるぞ!」
ライズが目配せをしたのはキッシュだった。いざとなれば、巨大化したモモニャンに全員でしがみついて逃げる算段である。
そしてそれは現れた。
見知らぬ冒険者が一人、息を切らせて駆け抜けていく。パーティーなのか、そうでないのか、その後も続々と冒険者達が走って来る。
その中の一人に声をかけた。
「なにがあった!」
「退却だよ! 白蛇亭の奴らがやられちまったらしい!」
叫びながら、止まることなく去っていく。
「……嘘だろ」
可能性としては考えていた。
だが、実際聞かされると、驚くというか――
(――信じられるかよ!)
駆けだそうとするライズの前にペコが立ち塞がる。
「退けよペコ!」
「行っちゃだめっす!」
(行く? どこに?)
自分でも何をやっているのか分からないが。それでも身体は動こうとしている。
「早く行かなきゃ――」
焦燥と共に言葉が飛び出した。
「どうにもなりませんわ!」
ラビーニャの叫びが雷鳴のように耳を打つ。
「聞いたでしょう! 白蛇亭の冒険者は死んだのですわ!」
「まだそうと決まったわけじゃないだろ!」
(俺は、何の話をしてるんだ?)
他人事のように自分を俯瞰する。
「行ったら死ぬのである! ライズは、吾輩達の仲間じゃないのであるか!?」
(――仲間)
それでようやく、ライズは自分がシフリル達を助けに行こうとしている事に気づいた。
「俺は……くそ! そんな事聞くなよ!」
決まっている。シフリル達は自分を捨てた。今の居場所はここだ。ペコもラビーニャもキッシュも、文句のない仲間だ。比べられるものではない。
(比べられない? 違うだろ! こいつらの方が上だと言えよ!)
自分自身を呪いたくなる。この期に及んでわけのわからない事を考えている自分を。悩む必要のない事で悩んでしまう自分を。
「ライズ!」
その声は仲間のものではなかった。
「レイブン!」
ホッとして名を呼ぶ。ライズの後釜で入った女魔術士だ。あちこち血に汚れ、足を引きずっている。
たった一人で。
「シフリル達はどうした?」
質問に、女魔術士の顔が悲痛に歪んだ。
「時間を稼いでる! あいつらは死ぬ気だ! 止められなかった!」
涙まで浮かべて、レイブンはライズに縋りついた。
「こんな事を頼める義理じゃないのは分かってる! けど、お前じゃないと無理なんだ! あいつらを、あの馬鹿共を止めてくれ!」
「勝手な事言うなっす!」
力づくで引き剥がすようにペコが割って入った。
「一方的に捨てておいて、今更頼るなんて都合がいいっすよ!」
「それも分かってる! けど、違うんだ! あいつらは、本当は――」
「聞いてはいけませんわ!」
もしかすると、ラビーニャはその事に気づいていたのかもしれない。
「――あいつらは三人とも、お前の事を愛していたんだ!」
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