第40話
「ここであったが百年目だ! 今日こそ決着をつけてやるぞライズ!」
赤いマントをはためかせ、金髪の剣士がビシっと指をさしてくる。
「…………誰だこいつ?」
隣のペコに尋ねるが。
「ライズさんのファンじゃないっすか?」
と、心当たりはないらしい。
ハンナの手配した馬車に揺られて、人喰い森の前までやってきた矢先である。
仕事前に軽く準備運動をしていると、遅れてやってきた馬車から現れた一団の、リーダーらしい小僧に因縁をつけられていた。
「ベイルだ! シルバーエッジの!」
止せばいいのにという顔をした仲間を後ろに待たせて、見知らぬ小僧――ベイル? 聞いた事があるようなないような――が地団駄を踏む。
「あ~!」
ライズはポンと掌を叩いて仲間を振り返った。
「知ってるか?」
「知らないのである」
キッシュもキョトンとしていた。
「おい! そこの魔王の末裔は覚えてないとおかしいだろう!?」
だんだんだん! と激しく地面を踏み鳴らしてキッシュを指さす。
「もしかして、吾輩のファンであるか!? 生憎、サインとかはないのであるが……」
ぱぁっと照れたり恐縮したりしつつ。
「ちがああああああああああああああう!」
謎の男ベイルは激しく頭を振りながら髪を掻きむしった。
「こわっ。なんだこいつ」
「見るからにヤバいっすね」
「目を合わせたらいけないタイプの人なのである」
「あああああああああああああああああああ!?」
と、これはベイルの雄叫びだが。
「……流石にわたくしもどうかと思いますけど。というか、打ち合わせでもしてましたの?」
今にも精神崩壊を起こしそうなベイルに爪の先ほどの同情を示しつつ、呆れた様子でラビーニャが言ってくる。
「僕の事を覚えているのか!?」
涙まで浮かべて寄って来るベイルに気圧されつつ、ラビーニャは露骨に嫌そうな顔をした。
「お、憶えてはいますけど」
と、助けを求めるような視線をこちらに送って来る。
「相手にすんなよめんどくせぇ」
「そーっすよ! もうちょっとで追い払えそうだったのに!」
「ちなみに打ち合わせは特にしてないのである」
口々に言う。まぁ、以心伝心という奴だ。
「知りませんわよ」
心の底から知った事ではないという顔でラビーニャ告げる。
それを聞いたベイルはがばっと頭を上げて、気を取り直したようにマントをはためかせた――風がないので自らの手で。
「はーっはっはっは! 勿論僕は君達の卑劣な作戦など全部見通していたとも!」
「……なんでもいいんだが、何の用だ?」
「決着だ決着! あの日の因縁に終止符を――」
「とぁ! っす!」
ペコのドロップキックを頭の側面に受け、かなり危ない角度に首を曲げながらベイルが吹き飛ぶ。
「アイムウィナー! 見事因縁に終止符を打ったっす!」
「よくやったぞペコ」
「高さも角度も完璧だったのである」
「……」
ラビーニャはなにか言いたそうだが、結局なにも言わず、関わると馬鹿がうつるとでもいうような顔で溜息をついた。
「なにをするか!」
かなり致命的な角度で入ったようにも見えたのだが、意外に頑丈らしく、何事もなかったかのように――と思いきや、首はきっちり直角に曲がったまま――起き上がったベイルが抗議してきた。
「決着つけたいんだろ?」
「こんな決着があるか! そうじゃなくて、どちらがより多くの魔物を狩れるかで――」
「誰が数えんだよ」
ライズのツッコミに、ベイルはパクパクと空気を飲む。その瞬間は別人のようなマヌケ顔にも見えたのだが――鼻水まで垂れていた――やはり気を取り直して、ベイルはすかした顔で前髪をかき上げた。
「フッ。真の勝者であれば実力を偽る必要もない。つまり、嘘を言った時点で負けという事だ!」
(で、その嘘は誰が見抜くんだ?)
と、心底呆れた心地で思うのだが、どうせトンチンカンな答えが返ってくるのだろう。
「わーったわーった。受けてやるから、また後でな。こっちは今から仕事なんだ」
「絶対だからな! 忘れるんじゃないぞ! 本当に忘れるなよ! 忘れ――」
「わかったっての! 早く仲間んとこ戻れよ! めちゃくちゃ引いてるぞ!」
「フッ。この程度でシルバーエッジの絆が壊れるものか」
ライズは無言でベイルを置いて森に向かおうとするシルバーエッジの面々を指さした。
「なっ!? ちょ、ま、待ってくれ! 僕を置いていくなよ!」
と、ベイルは泡を食って走っていく――途中で何度か転びつつ。
「……なんだったんだよ」
「馬鹿なんじゃないっすか?」
「馬鹿なのである」
「馬鹿言ってないでわたくし達も森に入りますわよ」
一緒にされるのは癪だが、わざわざ言い返すのもそれこそ馬鹿らしい。
「そんじゃまぁ、始めますか」
ライズ達も森に向かった。
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