第33話
視線を向けると、ドーナッツを買い終えたキッシュを、見知らぬ冒険者の一団が囲んでいた。
「白い肌と髪、金色の目に、影から現れるおぞましい黒い魔物がその証拠だ! お前は、隠れ里で復活の機会を伺っているという、深淵の魔王ベステリゼの末裔だろ! この街に何の目的で現れた!
」
キッシュにというよりは、奇異の目を向ける野次馬に対して説明するような口調だ。言ったのは、いかにも正義感の強そうな金髪の若い剣士である。仲間は三人、気の強そうな女魔術士に、真面目そうな神官と、大きな斧を背負った老け顔の戦士である。名前は知らないが、見覚えはあった。ぼんやりと、中堅どころのパーティーだという認識がある程度だが。
「なんか変なのに絡まれてるっすね」
「話には聞いてたが……こういう苦労があるわけか」
魔王の末裔で差別がどうのというのは、話だけは聞いていた。が、伝説の魔王と言っても指の数よりも多く、その全てを知っているわけでもない。今ひとつ実感のない話だったが、知っている奴は知っているようで、そういう手合いに目を付けられると、こういう事になるらしい。
「とりあえず助けるっす」
「まぁ待て」
と、腕まくりをして飛び出そうとするペコの首根っこを摑まえる。
「なんで止めるんすか?」
不満そうに睨むペコを適当に見返しつつ。
「キッシュが上手く切り抜けるかもしれねぇし、助けるにもタイミングってもんがあるだろ」
「かっこいいタイミングって事っすか?」
「違うっての。あれだけ啖呵を切ったんだ。止めに入った所で向こうだって簡単には引かないだろ。最悪喧嘩だ。それは別にいいんだが、街中で冒険者がやり合えば勇者官が黙ってない。どっちが悪いって話になれば、野次馬の証言くらいしか頼るもんがねぇ。となりゃ、向こうが悪そうなタイミングで出てくのが一番ってわけだ」
「よくわかんないっすけど――」
「いやわかれよ……」
という呟きは無視されて。
「――モモニャンがキレて暴れ出したらどうするんすか?」
ペコにしては、意外に現実的な指摘ではあった。
勿論、ライズもその程度の事は考えていたが。
「ざまーみろと笑ってやってからキッシュを抱えて逃げりゃいい。が、あいつと組むならこの先もこんな事があんだろ。毎回その場に俺らがいるとは限らねぇ。一人で切り抜けられるか確認しとくのもありだって話だ」
「むぅ……」
納得出来ないのか、ペコは不満そうに頬を膨らませた。
「必要なら助けるが、必要がないなら余計なお世話だ。信じて待つのも仲間だろ?」
「……それもそうっすね」
と、最後には納得したようだが。
(まぁ、実際心配なのはモモニャンだよな)
そちらは認める。と言うか、モモニャンがついているので、キッシュの心配はあまりしていない。魔王の末裔だからと言って往来でいきなり斬りかかるような事は流石にないだろうが、もしそうなっても、モモニャンがどうにかするだろう。確かめたいのは、大事にならないように場を収められるかという事だ。
見た所、状況は芳しくない。近頃の情勢もあり、街の人間は魔王という言葉に敏感になっている。深淵のベステリゼなる魔王を知らなくとも、キッシュの異貌とモモニャンの姿は、悪い意味で説得力がある。ここからでは聞こえないが、野次馬達が遠巻きに指さして、なにやら噂しているのが見て取れた。
(……別に、助けに入っちまってもいいんだけどな)
現在進行形で噂に翻弄されているライズである。キッシュのような立場の居心地の悪さは理解出来た。自分で言っておいてなんだが、今すぐ名乗りを上げてたい気分ではある。
ライズがそう思うくらいなのだから、モモニャンは当然反応していた。キッシュの影から大きな黒猫の上半身を乗り出しつつ、無貌の顔に大きな口だけを生やして、ぐるぐると毛を逆立てながら威嚇している。
その様子に野次馬達はやはりというように眉を潜める。
怯えるような顔で立ち尽くしてたキッシュは、自分を落ち着かせるように大きく深呼吸して、足元のモモニャンに手を伸ばした。
「モモニャン、ここは吾輩に任せるのである」
頭を撫でられ、モモニャンは心配そうにキッシュの顔を伺うと、渋々という風に影に沈んでいく。
緊張した面持ちで、キッシュは金髪の剣士に向き直る。
もう一度深呼吸をして、はっきりとキッシュは告げた。
「確かに吾輩は深淵の魔王ベステリゼの末裔である。だが、だからと言って悪人と決めつけられては困るのである。吾輩はそのような偏見をなくす為、隠れ里を出て冒険者となり、善い行いをしてイメージアップを図っているのである」
胸を張り、真っすぐに放った言葉は――しかし、金髪の剣士に届いた様子はない。
「そんな話信じられるか! 巷じゃ新しい魔王が生まれたって噂だ! その証拠に魔力が濃くなり、魔物だって凶悪化している。お前みたいな奴はこの期に乗じてなにか良くない事を企んでいるんだろう! ベステリゼの末裔は攫った人間を生贄にして、魔王復活の儀式をやっていると聞いた事があるぞ!」
「根も葉もない噂である! 村のみんなはいい人達なのである! 魔王の末裔だとしても、お前たちと同じ普通の人間なのである!」
「騙されるか! 隠すなら、力づくで吐かせてやる!」
金髪の剣士がキッシュの胸倉を掴んだ。
浮いた踵の下で、深淵の魔物の住処が煮えたぎるマグマのように沸騰する。
「だめ、モモニャン……ここで暴れたら、ライズ達に迷惑がかかるのである……」
苦しそうな呻き声は微かだったが、聞き逃しはしなかった。
特に指示する必要も感じない。
掴んでいた手を放すと、ペコは放たれた矢のように駆けだした。
「おんどりゃあああああああ!」
怒りの雄叫びをあげなら、金髪の剣士に真横からドロップキックを決める。
「ぐわぁ!?」
と、キッシュをその場に残して、金髪の剣士が派手に地面を転がった。
ペコは綺麗に着地し、吹き飛んだ剣士とその仲間達を怒鳴りつける。
「うちの仲間捕まえてなにしやがるっすか!」
「なんだてめぇ!?」
大斧の大男がギョッとして拳を構え、他の仲間達も臨戦態勢取る。
「くっ……やってくれたな!」
金髪の剣士が立ち上がると、鼻血を拭って剣を抜いた。
「けほ、けほ……ペコ? どうしてここに?」
苦しそうに咳をしながらキッシュが尋ねる。
「暇つぶしに後をつけてたっす!」
「えぇ!?」
「言い出しっぺはペコだからな」
責任を押し付けるつもりで言いながら、ライズもぶらりと現れた。
「そいつは俺達のツレでね。やんちゃをすんのはその辺にして貰うぜ」
「魔王論者に味方するのか!? 恥知らずな奴め!」
ヒーロー気取りがマントをはためかせる。絵にはなるが、やられた方は白けた気分だ。
「違うって言ってんだろ。確かにこいつは魔王の末裔だが、やましい事なんざ一つもしちゃいねぇよ。それでもやるってんなら相手になってやるが、俺はそこそこつええぞ?」
分かりやすく拳を鳴らし、練り上げた魔力に怒気を込めて投影する。
それでこちらの実力は伝わったのか、金髪剣士とその仲間達はたじろいで一歩下がった。
リーダー格なのだろう。三人の冒険者が金髪剣士の顔色を伺う。
金髪剣士は一瞬迷ったが、見栄が勝ったらしい。
「いいだろう! 僕はシルバーエッジのベイルだ!」
剣を構えて金髪剣士――ベイルが名乗りを上げる。
「俺はライズだ。パーティー名はまだねぇ」
(こんな事になるんなら、決めといてもよかったかもな)
と、冗談めいた事を思いつつ。
「ライズ? お前、雪月花のライズか!?」
ハッとしてベイルが言う。そちらの活躍は知れていたのだろう。シルバーエッジの面々が顔を見合わせる。
(まぁ、ビビらせて事が済むなら、それに越したことはないか)
くだらない喧嘩で勇者官の世話になるのも馬鹿らしい――そうなれば、折角の休日が丸潰れだ。
ライズは凶悪そうな笑みを浮かべてみた。
「あぁ、そのライズで間違いないぜ」
「あの悪名高い女食いの!」
ベイルの言葉に肩がコケる。
「ちげぇよ! デマだからなそれ!」
作った悪人面をあっさり崩して言い返すが。
「前の女達に飽きたからって駆け出しの若い女冒険者を囲ってるって噂のあのライズか!?」
聞いた様子もなく、斧男も言ってくる。
「だからちげぇっての! こいつらの方から勝手に寄って来たんだよ!」
「そいつ、ザッカーノファミリーとも繋がりがあるって噂よ……」
ストラッドの組の事だろう。汚い物を見るように眉を潜めて女魔術士が言い。
「ベイル、このような外道と関わってはパーティーの格が下がります! 悔しいでしょうが、ここは引きましょう!」
真面目そうな神官が大真面目な顔でそう告げた。
「……くっ、仕方ない……ライズ! 今回は見逃してやる! だが、次はないと――」
「つべこべうるせーっす!」
捨て台詞に割り込んで、ペコは再びドロップキックをお見舞いした。
「――ぐわぁ!? くそ、なんなんだよお前!」
「自分はペコっす! 光剣の勇者ロッドの末裔にして、未来の勇者様っす!」
ここぞとばかりに中指程の光剣を掲げてペコが凄んだ。
「またの名を狂犬のペコ。見ての通り凶暴な女だ。俺の手には負えん。早く逃げないと犬の糞がついた靴でしこたま蹴られるぞ」
「ながっ!?」
ベイルの二枚目がひび割れたように強張る。仲間達は彼の服にくっきり残った黒い足跡に戦慄し、一目散に逃げだした。
「待て! 待ってくれ! くそ! お前達、憶えてろよ!」
遅れてベイルも駆けだす。
「俺だったらそんな恥ずかしい姿、一秒でも早く忘れて欲しいと思うけどな」
「一昨日きやがれっす! バーカバーカ豚のケツ! っす!」
そんな言葉で見送ると、二人そろって鼻を鳴らした。
不憫なチビ助を慰めてやろうと振り返る。
気の利いた台詞も思いつかず、とりあえず肩をすくめてみる。
「なんつーか、災難だったな――」
「ごわがっだのだぁあああ!」
緊張の糸が切れたのだろう。泣き出したキッシュがライズの腹に顔を埋めた。
「ありがどうなのである! ありがどうなのである!」
泣きながら感謝を告げられて、思う事がないでもない。
こんな事は、これまでに何度もあったのだろう。その度にキッシュは、一人で唇を噛んできたに違いない。
謂れのない理由で因縁をつけられる哀しさも、それに一人で耐えねばならない遣る瀬無さも、多少は理解しているつもりだ。
だからというわけではないが。
「……気にすんな。仲間だろうが」
その言葉が慰めになる事を祈りつつ、ライズは小さな頭を撫でてやった。
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