第34話


「へぇ、村の仲間の為に旅行記を書いてるのか」

「なのである。吾輩が見事悪の魔王を倒し、良い魔王として有名になった暁には、村のみんなは大手を振って外の世界に出ていけるのである。そうなった時の為に、旅先の美味しいお店や名所を探してまとめているのである」


 えっへんと薄い胸を張る。泣き止んでも、目元は赤く腫れていたが。

 あの場にいては見世物なので、今は三人で目的もなく街をぶらついている。


「キッシュは立派っすね。なんかかっこいいっす」

「だな」

「そ、そんな事ないのである。吾輩はただ、外の世界の楽しい事を村のみんなにも教えてあげたいだけなのである」


 キッシュは赤くなって否定するが。


「つまり立派じゃないっすか」

「だよな」


 そうとしか思えないのでそう言った。


「うぅぅ……そんな風に褒められると恥ずかしいのでる……」


 キッシュは赤くなる一方だが――頭を振って、話題を変えてきた。


「そ、それはそうと! 折角こうして集まったのである! 三人でご飯屋さん巡りをするのはどうであるか?」

「まだ食う気っすか!?」


 驚くペコはさておいて、ライズは一応説明した。


「あー、なんだ。気持ちは嬉しいが、実は俺らも後をつけながらキッシュと同じもんを食ってたんだよな」

「そういうわけなんで、もうお腹いっぱいっす!」

「むぅ、そうなのであるか」


 キッシュは残念そうに肩をすくめる。


「別に用があったわけじゃないしな。俺達の事は気にしなくていいから、旅行記作りしてこいよ」


 気を利かせたつもりでライズは言うが。


「ぇぁ、ぅ、うむ……」


 キッシュは困ったような顔をした。


「ダメっすよ! 折角っすから三人でぶらぶらするっす!」

「わがまま言うなっての。俺達がついてっても邪魔なだけだろ」

「ライズさんは乙女心がわかってないっすね! キッシュも自分達と一緒に遊びたいに決まってるっす!」

「なわけねぇだろ」


 一蹴すると、キッシュはもじもじしながら言ってきた。


「ふ、二人が邪魔じゃなかったら、吾輩もみんなと一緒に遊びたいのである……」

「……マジか」


 ライズとしては、予想外の返事だった。

 そんなライズに、ペコは鬼の首でも取ったように言ってくる。


「ほら言ったじゃないっすか! ライズさんは肝心なところで空気読めなすぎっす。KYっすよ」

「……うるせぇよ」


 ぶすくれて言ったのは、心当たりがなくもないからだが。

 答えを待っているのだろう。不安そうに顔色を伺うキッシュに気づく。


「……だぁ! 邪魔なわけねぇだろ! 同じパーティーの仲間だ! てか、ペコと二人っじゃうるさすぎて疲れちまう! 俺の代わりに相手してくれよ!」


 律義な上に臆病な魔王の末裔に言ってやる。


「やったのである! お安い御用なのである!」


 キッシュは飛び跳ねて喜ぶと、足元から伸びだした黒い手とハイタッチした。


「吾輩、旅の間はモモニャンと二人きりだったのである! 仲間と一緒に街をぶらぶらするのが夢だったのである!」


 そう言われては言葉もない。一人旅の寂しさは、ライズもよく知っていた。というか、冒険者なら誰でも理解している事だろう。冒険者が群れるのは、言ってしまえばそんな理由の方が大きいのかもしれない。


「けどどうするよ。暇を持て余して仲間の後ろつけてたくらいだぜ。集まった所で特にする事もないんだが」

「吾輩も食べ歩き以外は思いつかないのである」


 腕組みをして考え込むキッシュをよそに、ペコが勢いよく手をあげた。


「いい考えがあるっす! ラビーニャを見つけて後をつけるっすよ!」

「おぉ! それは面白そうなのである! 吾輩もやってみたいのである!」

「簡単に言うなよ。デカい街だ、キッシュを見つけたのだって奇跡みたいなもんだぞ」

「いいじゃないっすか。ラビーニャさがしながらぶらぶらして、面白そうな店でも見つけたら入ってみて、お腹空いたら黒瓜亭に戻って晩御飯食べればいっす」


 反射的に言い返しそうになるが、落ち着いて考えれば言う程悪い案でもない。結局の所、ペコもキッシュも――そしてまぁ、ライズもだが――仲間と一緒に休日を過ごしたいだけである。なら理由は、なんだっていいのだろう。


「それもそうだな」


 と、納得する事にする。


「吾輩も賛成である!」


 ぴょこぴょこと飛び跳ねてキッシュ。


「でも、やるからには本気で探すっすよ!」


 意気込むと、ペコはおもむろに剣を抜いて地面に立てた。手をはなし、倒れた剣の示す先を指さす。


「あっちっす!」


 駆けだすペコに、自然とキッシュと目が合った。


「大した本気だな」

「ペコらしいのである」


 悪戯っぽく笑い合い、二人も後を追った。

 半信半疑どころか、まるっきり信じてなどいなかったのだが。

 何度目かのペコの本気に付き合うと、見覚えのある踊り子風の衣装が目に入った。


「マジかよ……」

「すごいのである! ペコは占い師の才能があるのである!」

「いや、ただの偶然だろ……」


 だからこそ、不気味ではあったのだが。

 ペコは得意げに胸を反らした。


「自分、昔から運は良いんっす! おかげでライズさんとも出会えたっす!」


 無邪気な顔で言われては、ライズも返事に困った。生憎こちらは三年連れ添った仲間にゴミのように捨てられた情けない冒険者である。そんな人間に拾われてラッキーと思えるのなら、大抵の事は幸運と感じるだろう。羨ましい性格である。


「ラビーニャがどこに向かうか楽しみなのである」


 通りの角から三人並んで頭を突き出し、一番下のキッシュが言う。


「どうせ賭博屋だろ」

「わかんないっすよ? 案外神殿にお祈りに行くのかもしれないっす」

「賭けるか?」


 冗談のつもりで言うが、それはペコも同じらしい。


「ただの冗談っす。ギャンブルに決まってるっす」

「だよな」

「酷い言われようなのである……」


 キッシュは憐れむが、内心では同じ事を考えているはずである。

 騒ぎすぎたのか、ラビーニャが後ろを気にし、三人は慌てて首をひっこめた。


「……気のせいみたいですわね」


 呟くと、肩をすくめて歩き出す。

 ライズ達は顔を見合わせ、互いに唇の前で人差し指を立てた。

 ラビーニャは頭が回るし勘もいい。キッシュの時と比べれば、三人は慎重に尾行をした。


「なんだかひと気のない所にやってきたのである」


 キッシュが声を潜めた。


 スラム程荒れてはいないが、下町程賑やかでもない。街自体に忘れられたような寂しさのある一角である。


 誰にとっても自分の場所ではないような居心地の悪さがあった――あるいは、そんな場所を澄まして歩くラビーニャを見ていると、彼女の為だけの場所のようにも思えてくる。


 程なくして、ラビーニャはとある建物の中に吸い込まれた。


「……嘘だろ」

「……ありえないっす」

「……なにかの間違いなのである」


 声を合わせて否定する。


 街の空白にぽつりと立ったその建物は、空気すらも清めるような厳粛さを放つ――誰が見ても間違いようのない、明らかな程明らかな神殿だった。


「……こんな事なら賭けに乗っとけばよかったっす」


 唖然とするライズの横で、悔しそうにペコが呟いた。

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