ハッピーチェーンロック

皆藤ユキ

第1話 寓話

 おんなのこはおかあさんがだいすきでした。


 おかあさんの目が真っ赤に光っていても


 おかあさんの爪が獣のように鋭くても


 おかあさんがみんなから嫌われていても



 それでもおかあさんがだいすきでした。


 おんなのこは大切なおかあさんを守るために、おかあさんと離ればなれになってしまわないために、自分とおかあさんを鎖で繋ぎました。


 鎖はいつのまにか、おんなのことおかあさんの血で赤と黒に染められていきました。



 まだ小さな子供だった頃、僕は昔話の絵本を読むのが大好きだった。桃太郎や浦島太郎などの有名どころでは飽き足らず、親にねだって図書館に連れて行ってもらっては、宝の山でも見つけたかのようにまだ見たことのない話の世界に目を輝かせたものだ。


 高校生になった今でも、本が好きなことに変わりはない。むしろ本への知的欲求はますます育まれ、部屋の半分を本棚が占領してそこに種々様々な愛読書を置いている。


 その愛読書の中にあって、僕の心を引きつけて止まない一冊の本があった。


 『幸せなおんなのこ』


 この本を手に入れたのはつい何ヶ月か前のことだが、それでもこの本との出会いはまるで運命の恋に落ちたかのように衝撃的だった。


 子供向けのおとぎ話で、かわいらしい女の子が表紙に描かれている。随分と古い本のようで、ところどころに年月を思わせる汚れがあった。ただ、その中身はおよそ子供向けではなかった。


 本を開くとすぐに、毛布にくるまって姿形がわからない、目だけが真っ赤に光った「おかあさん」の絵が現れる。「おかあさん」は醜い化け物で、人々に忌み嫌われていた。女の子だけが「おかあさん」を愛していて、「おかあさん」を守っている。


 「うわ……なんだか悪趣味だな」


 それが率直な第一印象だ。子供向けの話なら、もっと明るく、救いのある話にすればいいのに。だが、ページをめくる指が止まらなかった。陰鬱とした展開が続き、とうとう女の子は「おかあさん」と自分を鎖で繋ぐ。


 その鎖を血で染めてなお、女の子は「おかあさん」を守り続けた。


 『幸せなおんなのこ』はそこで終わっていた。いや、終わらされていた。そこから先のページは乱暴に破り捨てられていたのだ。


 この本が置かれていた馴染みの古書店の店主に聞いてみたが、誰かのイタズラだろうとしか答えてくれなかった。


 僕はこの中途半端で結末のわからない本に代金を払い、手に入れた。店主は金はいらないと言ってくれたものの、申し訳ないのでちゃんと支払った。


 その後いくつかの本屋を回ったが、同じ本を見つけることはできなかった。結末がわからないことが、むしろ僕の興味を引き立てて、どうにかこの物語の結末を知りたいと思うようになっていった。



 

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