1.51 ボーンロック森林地帯

 ――街道沿いの森には、近づいてはいけないよ。


 もし近づくなら、木に触れてはいけないよ。


 もし触れるなら、棘に気を付けなければいけないよ。


 もし棘に触れたなら、食べられてしまうから――。


 小さい頃、木鬼の住む森のお話を、お母さんがしてくれた。

 叱る代わりに語る暗い森の話をされた日は、必ずその夢を見た。

 明かりのない森の中を、松明もなしに歩き回る夢。

 家への帰り道が分からなくて、暗いのと絶えない木々のざわめきが怖くて。


 どこからか声がする。


 誰かが呼んでる声がする。


 けれど、そっちに行ってはいけない。彼らが呼んでいるから。


 木鬼は人の肉を待っているから――。


 ……今日も呼ばれている気がする。

 母の声を思い出せなくなっている。

 森の声しか思い出せなくなっている。


 もしも、木鬼の棘に触れたなら――。


 ―『街道に落ちたボーンロック村の青年の日記』―


 ◇


 砂利と土で簡易舗装された街道を進んできたアリアたちは、向かいからやってきた行商人に挨拶をして見送った。


「商人が襲われたという場所はこの辺りだったな!」


 街道の横に広がる森を眺めながら、ウェイドが声を張り上げる。

 しかし元気のいいウェイドの声は、暗闇の広がる木々の中に吸い込まれて消えていく。


「まったく声が反響しないってのが不気味だな……」


 建材に使われる巨大な『楢の木オークツリー』が養殖されたこのボーンロック植林地は、本来人の手が入った明るい林のはずだった。

 しかし最初の失踪が始まってからこの数十年、木々と木鬼ウッドオークは少しずつ増え、ついには街道沿いに侵食し始めていた。

 故に冒険者ギルドには、時折“枝祓い”の任務が降りて来る。


「今回も前例通りで、正確には『失踪』したのかも」


 アリアは、ギルドが整えた依頼書とは別に商人組合に訴えかけた発見者のメモ書きを見つめ言った。


「え? 襲われたって言ってなかった?」


「えーっと、商人組合に届けられた荷馬車からはいくつか盗難物が確認されたんだって。だから襲われたんじゃないかって報告したみたいだけど、このメモにある盗難物って、統一性がないと思う」


「と、統一性……ですか?」


「うん。だからこの盗難物は商人さんの失踪後に、街道を通った人が欲しいものを盗っていったのかなって」


「な、なるほどです……」


「筋は通っているが、依頼は街道付近に巣食うウッドオークの排除だろう! 盗難に関する調査は管轄外なのではないか!」


「でも、失踪と襲撃じゃ襲われ方が違うから……」


「アリアの言うことは分かるけど、そこまで調査してたら割に合わない。ウェイドの言う通り、今は依頼をこなそう」


「そうかな……そうだよね、あははー」


 内心引っかかっていたアリアだが、2人と揉めることを嫌い笑って誤魔化してしまう。

 しかしアリアの話を、ソニアだけは考えていた。


「も、もし……失踪が本当だとしたら……」

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星魔導士アリアは戦わない。 一ノ瀬からら @Ichinose_Karara

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