声劇シナリオ 「Sister-in-Law」

欠け月

第1話   Sister-in-Law 


(インターフォンが鳴り、暫くしてカチャリと玄関のドアを開ける音が聞こえる)


(ラインアプリで通話中の男女)


「なんなの!一体、どういうことなのよ!

ね!ちょっと!聞いてるの! 」


「あんまり大きな声は出せないんだ。

隣に聴かれるとまずいし、外にだって、誰がいるかわかりゃしないんだから」


「そんなの、私に関係ないわ。 何が起きてるのか説明して!

事と次第によっちゃ、今度ばかりは私だって、許さないからね!」


「分かってるって。俺だって、何も好き好んで逃げ隠れしてるわけじゃないんだ。

とにかく、1週間、いや2,3日でいいんだよ。

そいつを、お前んとこに泊めてやってくれよ。 な、後でちゃんとお礼はするからさ」


「ふざけんな!これまで迷惑ばっかりかけられて、

一度だって、ちゃんと謝ったことも無いクセに、お礼もへったくれもあるか!

だいたいね、こんな名前も知らない人間を、家に入れるなんて、絶対・・」(男の声、喰い気味でかぶさる)


「ウラジーミルだ」


「は?」


「ウラジーミル・デカノゾフだ。そいつの名前は」


「ウラジーミル・デカ、デカノ デカノ・・・」


「ゾフ」(丁寧に、少し得意げに)


「どうでもいいのよ、デカだろうが、チビだろうが! 

そのウラジーミルが何で、私の家に来てるのよ!」


「俺がウラジーミルにお前の住所を教えたんだ」


「バ、バカじゃないの。こんな見ず知らずの男に、しかも外国人に私の住所を教えて、どうするつもりなの。

(泣くのをこらえながら)何考えてるのよ! お兄ちゃん!」


「ごめん、ごめんな。 俺、今、知り合いの借金被っちゃってさ、それを期限までに返すのに、在留資格が欲しい外国人に、偽装結婚で戸籍を売ったんだよ」


「何やってんの!違法行為じゃない。見つかったら犯罪者だよ」


「だって、しょうがないよ!直ぐに2千万、何とかしなきゃいけないし、後ろには、組織が付いてるんだよ。

もし、返さなかったら、お前にも手が及ぶって脅されてるしさ。やるしかなかったんだよ」


「だけど、それがこの変な外国人とどう関係あるのよ! こいつ、男じゃない!」


「だろ・・どう見ても男にしか見えないよな。 だけど、一応女なんだって」


「はぁ? バカにしてるの!誰がどう見たって、逆さにしてひっくり返したって、デカい図体の男じゃないよ!」


「まぁ、しょうがないんだよ、なんてったて、デカノゾフなんだから。 

それに、女になってまだ、日が浅いんだ。手術してから3か月しかたってないから

色々不具合もあるとは思うけど、女では、ある。 俺一応調べたから」


「お兄ちゃん、まさか、こ・こ・このデカ野郎と、その、あの、やっ」


「やってない!やってないから。術後の(咳払い)・・経過観察をしただけだから。

だから、これからは、エレーナと呼んでやってくれ」


「デカじゃなくて、エレーナ・・・ って、ちっとも偉くないわよ!バカバカバカ!

あー、どいつもこいつもみんなバカ!まったく、バカと阿呆に世の中を任しておいたら、何一つ碌なことないわ!

こうなったら、私がその組事務所に乗り込んでやるわよ!」


「あっ、お前事務所NGだから!奴ら、俺の借金代わりにお前をソープに沈める!って言ってたから、

『俺の妹、物凄いブスで、巨漢で大食らい、そのくせ柔道黒帯の性病持ちで、先週コロナにかかった』って言ってある。

で、出入り禁止になってる。 (得意気に)俺、妹思いだからさ」


「ありがとう、って、ちっともありがたくないわ!このスカタンのオタンチン!

私のイメージ!どうしてくれるのよ!世界のド底辺じゃないよ!

こんなバカにかまってる場合じゃない、何とかしなきゃ。

まずは、こいつを、本国へ送り返さなきゃだわ!」


「エレーナは、簡単には送り返せないよ。ナゴルノカラバフ自治州出身だから」


「ナゴルノなんちゃらって、何処よ!」


「アゼルバイジャン。 お前知らないのか? (非常に得意げに、以前から知っているかのごとくに説明する)

1992年から94年まで続いた、あの有名なナゴルノカラバフ戦争を!

3万人の死者と100万人もの難民を出したんだぞ。その難民の7割は、アルメニア占領地から逃げ出して来たアゼルバイジャン人だ!」


「何でそんなに詳しいのよ」 


「お前な、俺の大事なアナコンダの上に、ナイフかざされて、殴られながら脅され続けてみろ。嫌でも覚えるって。

それよりな、良く聞け!!ここからが大切なところなんだ。 エレーナの家族は、そのナゴルノカラバフ出身で、長い年月をかけて難民申請して、やっと認められたんだ。 悲惨な難民生活を経て、他の家族はヨーロッパで暮らしているけど、

エレーナはどうしても日本に来たかったんだな。念願の性転換手術も無事終え

やっと憧れの日本まで辿り着いたんだぜ。 泣ける話だろ? だから、そんな難民を国も簡単に故郷には送り返せない。

しかも、アゼルバイジャンはな、世界一の親日国なんだからな!」(なぜか威張る)


「知るか!そんなこと。いらんわ、そんな情報!」


「あ、まずい。ベンツが止まった。俺ちょっと暫く隠れるわ。じゃぁな!」

(ラインが切れる)


「ちょっとまってよ! この、偽装アナコンダ! 何なのよぅ。 もう! 

(独り言)でも、兄貴はもうデカと、じゃなかった、エレーナと結婚してるんだよね。

ってことは、この人、私の義理のお姉さんになるの!」


(エレーナ、に反応して、嬉しそうに近づいて来る)


「エレーナです。(恥じらいながら) 初めまして。 私の妹、コストコ。

会いたかった」


「誰が会員制倉庫型の卸売り&小売店だっての!

私の名前は琴子よ!琴子!妹の名前ぐらいちゃんと憶えておきなさいよ!

はっ、ち、違う!違う!違う!妹じゃないから!私、あんたの妹なんかじゃないからね!

義理!義理よ!義理の妹だから!」


(プッ。録音が途絶える音)(IT関連のサービス会社のオフィスに来ている)


(琴子とサービス会社社員の会話)


「ここからが、どうしてもフリーズしちゃって再生できないの。

何度も再起動させてみたんだけど、ダメだった。

データは入ってるはずなのよ。ホラ、再生時間はもっと長いでしょ?

音が飛んだのかしらね」


「分かりました。調べてみます。

しかし、良く録音していましたね。こんな会話」


「そうでしょ!それがね、たまたまなのよ。 、っていう話をスマホでしゃべっていたら、アレクサが、あー、アマゾンの音声アシストね。

勘違いしたらしくてね、Echoデバイスが勝手に作動して、録音してたみたいなの。

でも、助かったわ。これで、組織を訴えられる」


「ええ、確かに。組織は訴えられるかもしれませんが、お兄さんも捕まりますよね。

それに、エレーナさんだって、強制送還の可能性も出てきますよね」


「兄は、捕まった方が良いのよ。その方が安心じゃない。組織からずっと追われるより、楽よ。

それに、実際罪は償わないとね。 それと、エレーナとの婚姻取り消しも、してもらわないといけないの。

私ね、エレーナと暮らしているうちに、すっかりほだされちゃってさ。

二人とも意気投合。 で、結局、彼女とこれからも一緒に暮らすことになったの。

それでね、エレーナは難民救済をしてくれる、NPOに援助を頼んで、偽装結婚の被害者という扱いにしてもらったの。 ブローカーに払ったお金は、マハル、つまりイスラム教でいうところの、結納金だと言われたって証言させたのね。 新婦が結納金払うのは、日本独特の習慣だから、と騙されたってことにしたのよ。 

意外と信じてくれて、結構ちょろいわ。

私ね、法律が変わって同性婚が許されたら、籍入れてもいいかなぁって、思ってるのよ。 そうしたら、晴れて正式な夫婦となって、国籍も取得できるじゃない。

めでたしめでたしよねぇ。 うふ (小悪魔の笑みを浮かべる)



音声アプリspoonのキャスト機能で、上記の

「Sisiter-in-Law」が音声で聴くことができます。

アプリ登録をしなくても、聞けますのでお時間があったら

どうかお楽しみくださいませ。声&編集で高田”ニコラス”鈍次さんにご協力をお願いしています。ダメ兄貴の素敵なクズっぷりを、たっぷりとご視聴頂けます。

https://www.spooncast.net/jp/cast/3536082


高田”ニコラス”鈍次 「White Lies」

https://kakuyomu.jp/works/16816700428105477978/episodes/16816700428105521851






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