声劇シナリオ「White Lies」他

高田"ニコラス"鈍次

第1話 White Lies 高田″ニコラス″鈍次

<シーン1:病院の診察室>

(医者)

「ご家族の方を呼んでいただけますか?」

(健)

「え? 俺・・そんなに悪いんですか?」

(医者)

「うん・・膵臓にね、陰があって調べてみたところ、悪性の腫瘍ですね」

(健)

「悪性って・・それって・・癌ってことですか?」

(医者)

「詳しいことはご家族の方がきてからお話ししますね」

(健N)

医者は淡々と話してるけど・・いやいやおかしいでしょ?

なんか体の調子が悪い。そう思って医者に行った。ただそれだけなのに・・なんだよこれ?


なんで・・なんで俺が・・とりあえず、嫁に連絡しなきゃ・・

あいつ、どんな反応をするんだろう・・俺には不安しかなかった・・けれど

やっぱり俺の嫁、最強だわ。全く動じない。

俺はなんだか夢の中にいるみたいで、医者の言う説明をろくに聞いちゃいなかった

けど・・

(ふみ)

「手術は可能なんですね。はい、じゃ今すぐお願いします・・(相槌)・・それで完全切除できなかった場合は...(相槌)・・・・・・薬物治療で副作用はどのく

らい・・(相槌)・・・で、先生。ずばり完治する可能性は・・・・・」

(ふみ)

「わかりました。先生にお任せします。ね?いいよね?それで」

(健)

「あ・・うん・・」

(ふみ)

「もう・・しっかりしてよ! あんたの体なんだから!」

(健 N)

俺はまるでまな板の上のコイみたいなもんで、言われるがまま手術を受け、2 週間で退院することとなった。仕事に復帰することもできたし、大好きだった酒もやめたよ。そりゃ健康的な生活をおくっていたさ。でも・・

半年が過ぎたころだった。

(SE:救急車)

急な吐き気と腹痛に襲われ、俺は病院に担ぎ込まれたんだ。


(医者)

「残念ですが・・骨に転移してますね」

(健N)

もう、手術することはできない。あとは放射線治療か、薬物治療か・・いずれにせよ長い闘病生活が続くことは間違いなさそうだ。悔しいやら、情けないやら、怖いやら・・ただひたすら落ちてる俺をしり目に、やっぱり俺の嫁は最強だよ。

(ふみ)

「よし!決めた!」


<シーン2:思い出作り>

(健 N)

翌日。

嫁はすっぱりと仕事をやめた。

(ふみ)

「パソコンと一緒じゃない。いったんフリーズすると、必ず再起動するでしょ? それと一緒よ。これまでの環境をいったんリセットしろってこと。あんたの体の中にはこれまで経験のない細胞が出来ちゃったんだから、それ、やっつけようと思ったら、今ここで再起動しないと。こっちもフリーズしてる場合じゃないわ」

(健)

「うん・・そうだな・・」

(ふみ)

「これからはわたしの言うことを素直に聞くこと。いいわね?」

(健)

「はい、はい」

(ふみ)

「じゃ、これからは一気に思い出作りだ。覚悟しなよ!」

(健 N)

俺たちは、やりたいことリストを作って、毎日二人で行動を供にした。

ディズニーランドを皮切りに

温泉旅行、

釣り、

キャンプ・・・

海外旅行はさすがにやめといた

その代り、世界各国の料理を食べまっくったり

夢のような 2 カ月だった。勿論、病院にも必ず付き添ってくれた。

時々は医者と治療法を巡って猛喧嘩をすることもあったり・・

そんな嫁だから・・俺の前では泣かないんだよなあ。

ちょっとは悲しそうにしてくれてもいいんだけどさ・・

そしてある日のこと・・


<シーン 3:カミングアウト>

(ふみ)

「さあ、病院行くわよ」

(健)

「え? 今日・・病院行く日だっけ?」


(ふみ)

「まあまあ、ほら乗って」

(SE:車で移動)

(健)

「ん?道が違うけど・・どこの病院・・」

(ふみ)

「はい。着いたわよ、降りて」

(健)

「ちょっとここ・・・産婦人科って・・ええっ?!」

(ふみ)

「ははは・・あんた、まだまだ死ねないわよ!」

(健 N)

そう言って嫁は自分のおなかを優しく摩った。

そうだ。俺は・・死ねない・・だって・・まだまだやらなきゃいけないことが沢山あるじゃないか。生まれてくる子供の為にも・・


産婦人科の入り口をくぐる。

当たり前のことだけど、若い女性ばっかりだ。なんだかバツが悪い・・


(あや)

「お兄さん、こんにちは」

(健)

「え? あやちゃん・・な、なんでここにいるの?」

(ふみ)

「あたしが呼んだんだよ」

(健)

「え? お前が?」

(ふみ)

「あんた、心当たりあんだろ? 自分の胸に耳当てて、よーく聞いてみな」

(健)

「ちょっと・・・・・ええっ!!! まさか・・」

(ふみ)

「そのまさかだよ。確かに言ったよ。好きなことしていいってさ。心残りないように、って。でもなあ・・まさか・・まさか義理の妹に手出すとはなあ・・クズにもほどがあるわ・・」

(あや)

「ふみちゃん。そんなに悪く言わないで。わたしも悪いんだから・・」

(ふみ)

「もう、ほんとどうしようもないんだからふたりとも! ほらさっさと同意書にサインして!」

(健 N)

嫁の勢いに逆らえるはずもなく、俺は中絶同意書にサインした。


(ふみ)

「とりあえず・・あんたはちょっと車で待っててな」

(健)

「・・うん・・・わかった・・」

(SE:遠ざかる健)

(ふみ)

「ふう・・やれやれだな、まったく」

(あや)

「ふみちゃん・・ほんとにこれでよかったの?」

(ふみ)

「あ・・うん。あや、ごめんな、めんどくさいことに巻き込んじゃって・・」

(あや)

「私は別にいいけど・・おにいちゃんのこと、嫌いじゃないし」

(ふみ)

「こんにゃろ!(笑)でも・・良かったろ? あいつ・・」

(あや)

「・・うん・・」(あやは恥ずかしそうに顔を赤らめる)

(あや)

「でもさ・・こんな手の込んだこと、しなくてもよかったんじゃない? お兄ちゃんの子だ、ってことにしちゃっても、って・・」

(ふみ)

「それも考えたさ。でもなあ・・あいつもうすぐ死んじゃうんだよ。それにさ・・すげえいいやつなんだよな。わたしには勿体ないくらい。だから・・嘘つくのは嫌だと思ったんだ。これから先、ずっと後ろめたい気持ちで,

天国に行くあいつと付き合っていくんだって思ったら・・やっぱりだめだよ、この子産んじゃったら・・」

(あや)

「うん。でも、これも大嘘だけどね」

(ふみ N)

あやは、クスクスと笑った。

もちろん、あやは妊娠などしていない。


わたしの名前は佐藤文(さとうふみ)。

妹の名前は佐藤文(さとうあや)。

読み方は違うけれど、わたしの両親は姉妹に同じ、文章の文という漢字をあてた。

まぎらわしい・・

けれどそれは、結婚して苗字が変わることを当て込んでつけたものらしい。

ところが・・わたしの結婚相手は、

佐藤健(さとうけん)。

だからわたしは、結婚しても、さとうふみのまま・・


そして・・わたしのおなかの中には 2 カ月になる赤ちゃんがいる。

わたしは、中絶同意書に視線を落とす。


父:佐藤健(けん)、母:佐藤文(あや)


けれどこれは・・旦那と妹のものではない。本当は・・


父:佐藤健(たける)、母:佐藤文(ふみ)


そう。父親はあの有名俳優。旦那とは同姓同名。ちょうど 2 カ月前、撮影が終わって酔った勢いで体を重ねたあの日・・

勿論、彼に言う訳ないわよ。こんな亭主持ちで、再現ドラマしか出られない女優と関係もって孕ませたなんて、事務所 NG どころか、彼の役者生命も終わってしまうもん・・


(ふみ)

「あや。今日はありがとね。このまんま見つからないように裏口から帰って。あいつにはうまく説明しておくから。」

(あや)

「わかった。でも、あんまりお兄ちゃんのこといじめないでね。」

(ふみ)

「うん。なんならもう一回やっとく? まだ元気なうちに(笑)」

(あや)

「もう・・やめてよ、お姉ちゃん! じゃ、行くね」

(ふみ)

「うん。ありがと。また連絡するから」


(間)


(ふみ)

「さあてと、じゃ次は・・・」


<シーン4:車内>

(ふみ)

「お待たせ~・・おいおい、なんだよ、そんな今すぐ死にます!みたいな顔して(笑)」

(健)

「だって・・俺・・ああ!なんてことしちまったんだろう・・ほんと、ごめん」

(ふみ)

「あやは今日一日入院だって。まあ手術はそんなに難しくはなさそうだからさ・・」

(健)

「だめだな、俺・・あやちゃんのことも傷つけちゃった・・情けない・・」

(ふみ)

「まあまあ、やっちまったもんはしょうがないじゃないか。あやの方から誘ってきたんだろ?」

(健)

「・・うん・・わたしはずっとお兄ちゃんの事が好きでした。だからどうしても、お兄ちゃんがあの世に行ってしまう前に・・って」


(ふみ N)

知ってるよ。だってわたしが、あやにそうするようにお願いしたんだから。

まあ、あやが満更でもなさそうだったのがちょっと悔しいけどさ・・


(ふみ)

「ま、いいんじゃないの? 嫁の私がいいって言ってんだからさ。」

(健)

「ほんと・・ごめん。それしか言えない」

(ふみ)

「わかった、わかった。はい、もうこの話は終了! せっかくここまで来たからさ、

ちょっと遊んで帰ろうか。今日はねえ、出そうな気がすんだよねえ、スロット(笑)」

(健)

「そんな気分じゃないけど・・」


(SE:車が急発進する)


(健)

「うわっ・・びっくりするじゃないか、ほら~・・やっぱり怒ってるじゃん・・」

(ふみ)

「ねえ。一つだけ聞いていい?」

(健)

「なに?」

(ふみ)

「・・・・・・わたしとあや・・どっちが良かった?」

(健)

「は?! それ聞く? 今このタイミングで?」

(ふみ)

「ブッブー・・そこは間髪入れずに、ふみに決まってるだろ、だよね?」

(健)

「はいはい。ふみちゃんです。ふみちゃんには誰もかないません」

(ふみ)

「よろしい。愛してるよ」

(SE:健にキスをするふみ)

(健)

「おい! 危ないって! ほら前見て前!」


(健 N)

運転席の嫁の顔を横から眺める。

嫁の目には涙が光っていた。俺が病気になってから初めて見せた涙・・

この涙が、どんな意味を持つのか・・わからない

けど、わからなくてもいいや。

俺は運転する嫁に、そっと手を伸ばした。

掌からは、確かな命の鼓動が伝わってきた・・


やっぱり・・俺はまだ死ねない!









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