1魂目
「閻魔様、次の班の資料でございます」
「わかった。置いていきなさい」
「お願い致します」
深く礼をして、私から離れていく一つの小さな影。
小柄ではあるものの、その顔は決して可愛いものではない。
自らの威厳を保ち、見せつけるようにギュッと口を引き結んで、眉を吊り上げている。
更に、その威厳の現れのように彼の頭には
立派で鋭い角が生えているのだ。
そんなのが、此処には沢山いる。
「閻魔様、三途の川が荒れ、船が手こずっているそうです。その為、僅かではありますが時間が空きますので、休憩に致しましょう」
「そう。三途の川が。
今日は機嫌が悪いのかしら」
閻魔、鬼、三途の川とくれば、此処が何処なのかは大体察することが出来よう。
人の世から離れ、天国と地獄へと通ずる分岐点。
人は此処を、生と死の狭間。
『中間の世界』と呼ぶ。
魂が宿っていた身体を手放してから、
此処に来るまでに渡るあの有名な川は、
知られてはいないが人のように感情を持つ。
自分に気に食わないことがあれば荒れるし、自分にとっていいことがあれば、凪のように静かだ。
その川が、今日は荒れているという。
「どうでしょうか。あの川も、人の心のように複雑ですから」
水は様々なものを吸収し、浄化する力を持っている。
勿論、川ともなれば、それは甚大なものとなる。
更に、様々な色の感情である魂を、それに流して此処へと辿り着かせるのだから、複雑になるのは当然のことなのだ。
「そうね。まあ、私には『人間の心』というものがよくわからないけれど」
「それはそうです。
閻魔様は、閻魔様になる前の記憶を思い出せぬようになっておりますから」
実のところ、閻魔は元を正せば只の人間だ。
例によって、生を全うした後にここに来る経過で、多くの魂の中から、善と悪の配分がバランスよく、また、年齢が一定を超えている者が選ばれる。
勿論、男も女も関係ない。
善と悪が平等でさえあれば、公平性を保て、死者の魂に、行くべきところを指し示すことが出来るのだ。
年齢に関しては、幼すぎるものは器が未熟のままである為、この仕事は荷が重すぎるということだった。
しかし、選ばれた後、その人間は人間であった頃の記憶を全て失う。
全と悪が平等であったとしても『情』があると、その『情』に引きずられ、正確な判断が下せなくなる可能性があるからだ。
閻魔の仕事は、無事に流れ着いた魂に、行くべきところを示すこと。
罰を与えなければならない魂を、もし間違って天国に送ろうものなら、この世の均衡は一気に崩れる。
陰と陽は常に平衡を保ち続けなければならないのだ。
だが、そんな閻魔とて、永遠ではない。
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