G線上のゴリラ
URABE
ゴキブリ
かあちゃんはオレがまだ赤ん坊のころ、理由もなく殺された。卑劣極まりない残酷な殺され方をしたらしい。あえて死因を挙げるならば「圧死」だろう。かあちゃんはどれほど痛い思いをしたのか。考えるだけで怒りと涙があふれてくる。
当時、赤ん坊だったオレも
記憶の片隅で微笑む優しいかあちゃんの「最期」を教えてくれたのは、この辺りでは生き字引と崇められる、アスファルトのじいさんだ。じいさんは何十年もここで生き続けている。そしていろんな生き物の誕生と死に際を見届けてきた。
じいさんの腹の上ではいろんな事件が起きる。
見た目によらずきれい好きなじいさんは、金持ちの人間に飼われている犬猫が、すまし顔で糞尿をまき散らすことが許せないらしい。最近ではかなり減ったが、酔っ払った人間が嘔吐した時など、殺してやりたいほど腹が立つと言っていた。
あと、どうにかしてやりたいのにどうにもならないのが、ミミズの無駄死にだそう。
歩みの遅いミミズは、真夏の太陽に焼かれたアスファルトを横断途中に、力尽きて死んでしまうのだそう。
干からびて死ぬ――。
これも悲惨な死に方だ。オレはそんなみじめな死に方はしたくない。
そんな夏も終わりのある日の夜。あと少しで日付が変わるころ、かあちゃんはオレらの食い物を探しにこの辺りをウロウロしていた。そこへあの憎き人間が現れたんだ。人間は、必死に食い物を探すかあちゃんを踏みつぶした。さらにとどめを刺すかのごとく、グリッと体重を込めて踏みにじった。
あぁ、考えたくもない!
オレのかあちゃんを返せ!
帰らぬかあちゃんをオレはずっと待っていた。今だって待っている。きっとごちそうを持ってかあちゃんは現れる――。そう信じて今日まで生きてきた。でも、アスファルトじいさんが語る「かあちゃんの最期」を聞いて、オレは待つのをやめた。その代わり、オレがその人間を殺すと決めたんだ。
大人になったオレは、ゴキブリ界では武闘派と恐れられている。かあちゃんを守れなかった赤ん坊のオレは、もういない。
――かあちゃん、見ててくれよ。
じいさんはオレをなだめる。アイツを相手にしてはいけないと。
「お前にはお前なりの、短くも有意義な人生がある。無惨な死に方を選ぶことはない」
と諭される。
じいさん、ありがとよ。だけどオレにはかあちゃんしかいないんだ。その仇を取らずに一生を終えるなんて、オレにはできない。
こうして毎日、オレは憎き人間を探し徘徊を続ける。会った瞬間、思い切り羽ばたいて目ん玉に突撃してやろうか。いやいや、背後から足を伝ってくっ付いて、ヤツの家に侵入して住み着いてやろうか。それともアホ面下げて歩くヤツの鼻や口に強引に飛び込んでやろうか――。
数々の作戦を練りながら、用意周到にシミュレーションを繰り返す。まだ見ぬ仇敵をイメージしながら。
――かあちゃん、待っててくれ。オレがちゃんと仇をとって、それからかあちゃんのいる天国へ行くからな。
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