第2話

 ネコという生き物をご存知だろうか。

 姿形は猫によく似ている。

 しかしその大きさは異なり、肩高十メートルにも達する。

 ネコは不吉の象徴とされ、一部の人間を除いてそれを避ける傾向にある。




 一年半程前、まだシヌシヌの肌が青く染まる前、絶賛売り出し中の冒険者パーティの一員であった彼はネコの生息地ソコモにいた。

 青ミイラと青骨の採集が目的だ。

 これはギルドから受けた正式な任務ではなく、所謂闇営業。

 扱う品物が依頼者との直接取引となる故、報酬はいい。



 ソコモの地でのパーティの雰囲気は最悪だった。

 元々雰囲気のいいパーティではなかったが、その時は特にピリピリしていた。

 目的の青ミイラが全く見つかっていない。


「全然見つかんねーじゃねーか糞が !」


 黙々と探すシヌシヌとは違い、剣士のデューンは魔導師ミナを横に侍らせて、悪態を吐きながらの作業だ。


「何やってるんですか。早いとこ見つけていただかないと困ります」


 僧侶サルポッポが岩に腰掛けて注文をつける。

 こいつは何もやっていない。

 全員がこの態度にカチンときたが相手は僧侶先生、ここはグッと我慢だ。


 もう丸二日探しているが、まるで成果がない。

 三日目の捜索もここまで不発、一行に焦りの色が見える。


「汚れ森まで入って探そうぜ」


 デューンが提案した。

 シヌシヌはすかさず反対する。


「駄目だ。ネコと出くわしたらどうするんだ」


 汚れ森とはシヌシヌ達が探索しているよりも更に深い場所にある森。

 奥に入れば入る程、ネコと遭遇する確率は高まる。


「バカかよ、ネコがいる場所に青ミイラがあるんだから当たり前だろ」


「いやバカはお前だ。出くわしたらどうする事も出来ないんだぞ。そんなリスク犯せるか。このまま浅い場所で探して、なきゃないで諦めればいいじゃないか、仕方ないだろ」


 現場が一層ピリつく。

 シヌシヌはデューンと睨み合いながらうんざりした気分になる。


 ――またか……


 シヌシヌとデューンは仲が悪い。

 事ある毎にぶつかる。

 何故こうなってしまったのか……。

 シヌシヌはデューンから視線を外した。


「おい、お前らは行くよな」


 デューンが振り返り他のメンバーに同意を求める。


「こんな寒いとこまで来て報酬無しなんてありえない。行くしかないでしょ、シヌシヌは戦士の癖にビビりすぎ」


 とミナ。


「私は後方で見てるだけですので全然構いませんよ。行くならさっさと行きましょう」


 とサルポッポ。

 他のメンバーもデューンに追随した。

 シヌシヌとデューンの意見が割れた時は大体こうなってしまう。


 シヌシヌは戦士だ。

 といっても剣を取って戦うこともあるし、槍を使ったり弓を使ったり罠を仕掛けたり、何でも屋のようなものである。

 かつては同じ前線に立つ者同士、デューンとは良きライバル関係を築けていた時もあった、一瞬だけだが。


 シヌシヌは若く勢いのあるパーティの中でも花形の剣士を抑えてエース格、と周囲からは見られていた。

 周囲の評価に加え、実際にシヌシヌよりも戦闘面で劣っている自覚がデューンの嫉妬心を煽ったのかもしれない。

 そして人心掌握の術はデューンの方が長けていた。

 徐々に徐々にシヌシヌはパーティ内での立場を危うくしていったのだ。





 汚れ森の奥に入るに連れ、ツンとした刺激臭が鼻を突く。

 硬く枯れた木々が頭上で絡み合い、只でさえどんよりとした空の光を断ち切っている。


「あったぞ!」


 パーティメンバー、ペスが声を上げる。

 確認すると確かに一欠けの青ミイラが。


「だろ?な?」


 得意満面のデューン。


「凄い!ドンピシャだね」


 ミナが潤んだ目でデューンを見た。


「ある事ははっきりした、とっとと探せや」


 デューンは顎を突き出し、シヌシヌに視線を送った。

 シヌシヌは素直に探索を急いだ。

 さっさと探して汚れ森から出なければならない。


 確かに青ミイラはあった。

 小さな欠片がたまに見つかる。

 シヌシヌは急ぐ、青ミイラ一つ二つ三つ四つ五つ――


「うううう……うわー!」


 サルポッポが叫び、声をあげた。

 ついでに尻餅をつく。

 サルポッポの前にはどでかい獣。

 ネコだ、いつの間に……!


 ネコはその巨体からは信じがたい程、音もなく近づいてくる。


 ニャーニャー


 もふもふの顎髭が揺れる。

 その顎髭には幾重にも人間が絡まり重なっていた。


 ネコは人間を捕食しないが、まるでアクセサリーのように顎髭にコレクションする習性を持つ。

 その人間の成れの果てが青ミイラ、青骨だ。


 猫はサルポッポに狙いを定めている。


「ああぁー……あー……あー……」


 動けないサルポッポ。

 シヌシヌはネコに向け矢を放った。


 ネコの皮膚は硬い、矢は刺さらず跳ね返った。

 しかしネコの気を引くには充分。

 ネコはシヌシヌの方を向く。


 ――よしっ


 シヌシヌはネコを見据えながら、それをパーティから引き離すようにじりじり移動する。


 もしネコに出くわした場合の対処法は事前に打ち合わせしてある。

 シヌシヌとデューンが交互にネコの気を引き、徐々に街まで後退する。

 ネコは街までは追ってこない、とされる。

 上手くいくかは分からないがやるしかない。


 ゴロゴロゴロゴロニャーニャー


 ネコは徐々にシヌシヌに迫った。

 そろそろデューンが動いてくれるはず。


 ネコは更にシヌシヌに迫った。

 そろそろ動いてくれないとまずい。


 ネコはもう目の前に。

 おいおい嘘だろ。


 シヌシヌは肉球に押さえられ地面に突っ伏した。

 すがる思いで仲間のいる方向を見る。

 仲間達は棒立ちでシヌシヌとネコを見つめている。


「おい!助けろ!!」


 シヌシヌは叫んだ。


「悪い。ちょっと無理だ」


「仲間だろ!?見捨てるのか!!」


「お前は只今をもってパーティ追放だ。よって俺達とお前は仲間じゃない。つまり俺達は仲間を見捨ててはいない」



 地面に押し付けられたシヌシヌに背を向け、パーティメンバーはぞろぞろと引き上げていく。

 シヌシヌはネコのザラザラの舌に舐められながら、声を枯らしてメンバーの背中を見送った。

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