ヨットの上で…
@J2130
第1話 タカと河井ちゃん
ヨット部二年生、後輩女子の河井ちゃんはいい子です。
「これ誰のカレッジリングかな…」
付属高校を卒業するさい友人みんなで作ったカレッジリング。
当然同じものを持っている人が複数いる。
河井ちゃん、合宿所で見つけたそのリングを持ち、女子部員に訊いてまわっていた。
夕食も終わった後、河井ちゃん、突然リングに掘られたイニシャルを発見した。
「あ…、私のだ」
みんな合宿所での禁欲生活に疲れていて、夕食後で眠いし、これはね、もうね。
「かわいーーー!」
「かわいちゃんーーー!」
セイルを修理していた僕は細かい作業を投げ出し、ライフジャケットの修理をしていた他の女子部員は一斉に肩を落とした。
「私のだ…、私、なくしたんだ…」
河井ちゃんはいい子です。
誰かの大事な指輪を見つけ、落とし主を見つけ、さらに自分がなくしたものにも気づきました
***
タカは僕の愛艇、J-2130の相棒。三年生で同学年。
なぜか気が合い、学年があがり三年になる時の配艇ではペアを組むようになった。
ちなみに僕の結婚式の友人代表としてスピーチし
「おかしいのです、僕の横にはいつも堀がいて、堀の横にはいつも僕がいるのに、今日、堀の横にはきれいな女性がいるのです」
と披露宴会場を沸かしていた。
そうゆうタカも僕が結婚する数年も前に勝手に結婚していたのだけれどもね…。
現役時代、みんなでファミレスとか居酒屋に入るさい、僕は決まってタカの右に座り、タカが後からくると、これまた自然に僕の左に座った。
これはもう習慣で、ヨットは並んで乗るからとなりにタカがいると落ち着くし、タカ、左利きなので、彼の横に座ると利き腕の邪魔にならないようにしていたら、いつもどこでもこうゆう並びになった。
この前、久しぶりに八景島でヨットに乗り、その後食事をしたさいにも、数人いる仲間のなかでなぜかタカは僕の左横に座り、
「いや~、ヨットはいいね~」
と笑っていた。
僕は“いつも通り”左を向いて彼の声を聴いていた。
さて、面倒くさいお話は短くします。
大学のヨット部にはたいてい2種類のヨットがあります。
いずれも二人乗りの470クラス、スナイプクラスの2種類です。インカレの種目がこの2種類だからです。
470はヨンナナマルと呼びます。全長4m70cmで、オリンピックの種目にもなっています。
実態はサークル形式なのですが、ヨット部と名前がついている僕らの部活には470クラスのヨットが5杯ありました。
J―○○○○という番号がそれぞれついています。JはJAPANの略ですね、今はJPNになっているのかな。Jが最初にくる国名は他にもありますから。
僕とタカの配艇はJ-2130という船で、二年生は河井ちゃんだけがつきました。
約一年、僕ら3人はチームというか家族というか3人でこの船に「堀、タカ組」、「タカ、河井組」、「堀、河井組」、堀と一年生、タカと一年生、河井ちゃんと一年生、そんな感じで乗っていました。
他のヨットは二年生が複数とかありましたが、僕とタカの組はきっとみんな気づいていたのですね。
「ゆるい船」
と思われていたようです。
***
「河井ちゃん、昨日の夕飯の俺たちが作ったホワイトシチューどうだった」
「あれよかったですよ、ホワイトシチューは今まで誰も考えなかったですよ…」
「あれね、一年の平沢のアイデアでさ…」
他の4艇とレース練習の最中で、僕らは2位につけていた。
「河井ちゃん、今日の食事当番でしょ、昼にあがるよね」
配艇とは別に食事当番があり、1組3人で順繰りにまわしていた。
今日の夜、明日の朝食、明日の昼食のおにぎりまで3食が食事当番の担当でした。
風下の船が方向転換をしてこちらに向かってきている。
「タックするね…」
こちらもタック(回頭)する。
「先輩、何食べたいですか…」
すぐ横、風下を他の艇が近づいてくる。
「そうだな…」
僕は舵とメインセールを操作して、艇速をあげながら言った。
「野菜たくさん食べたいな…」
野菜食べたい…、体が欲していた。
「いいですね、あ…ジブセイルもう少し引きますか?」
「キャベツでもなんでもいい、食べたい」
「野菜炒めたくさんつくって、お味噌汁のかわりにポトフとかどうですか?」
「ポトフいいね、ジブセイル、ちょっと引こうか…」
練習はなんとか2位のままゴールした。
「先輩、コンソメ買ってきていいですか?一番小さいの買うか、顆粒のにしようかな…」
「大きいのあればだれか使うよ」
河井ちゃんが僕に許可を求めているのは、僕が部の会計係だったからで、食事は毎回限度額を決めていたからです。
食事当番の構成は、一人は買い出しで車を使うため運転ができる者、一人は料理ができる者、もう一人は20人くらいの3食の食事当番なので、量が多いから荷物運び係。
みんないかに安い予算で工夫をこらすかを競っていて、デザートにスイカをつけた当番はかなり驚かれました。
今、タカは救助艇に乗り、練習の合間の休憩でごきげんそうに煙草を吸っている。
「タカはきのこだめだから、シイタケはやめてね」
「大丈夫です、先輩、同じ配艇のお二人の苦手はわかってます!」
河井ちゃんはいい子だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます