第80話

「それなら教会の鐘つき塔を使いましょう」


 言いながらレトが、ちょうど街の中心に位置する教会から伸びる鐘つき塔を指差す。


「あそこからなら四方を見渡せます」


「なるほど」


 神木公平も、街並みからひょっこり突き出る白い塔を見上げて頷いた。


「許可は必ず僕が貰っておきます。お二人は直ぐにでも、塔の上を目指してください」


 レトは佐敷瞳子とチェルシーに、全てを託すような視線を向ける。


「二人とも、ちょっとごめん」


 謝罪と同時に、神木公平が並んで立つ佐敷瞳子とチェルシーの前に屈み込む。それから二人の膝裏に両腕を回し、同時にグッと抱き上げた。


「……え⁉︎」


 突然の事に、佐敷瞳子とチェルシーの目が思わず丸くなる。


「直接行って良いんだよな?」


 そのとき神木公平から向けられた金色の双眸に、レトは一瞬息を飲んだ。しかし直ぐさま我に返ると大きく頷く。


「はい、皆さんお気を付けて」


 神木公平も軽く笑って頷き返すと、二人を抱く手に力を込めた。


「しっかり掴まってて」


「…うん」

「はいです!」


 その言葉に従って、佐敷瞳子とチェルシーが神木公平の身体にギュッとしがみ付く。


 その瞬間、神木公平の全身に稲妻が駆け巡った。


 佐敷瞳子は勿論の事、街の中という事もあり、チェルシーも胸甲鎧ブレストアーマーを脱いでいる。身体に伝わる見た目以上の確かな感触に、神木公平の動きがピタリと止まった。


「あー…そこまで力込めなくても…」


「大丈夫…行って、公平くん」


「コーヘーさん、お任せするですー」


「お…おう」


 この火照った顔を二人に見られていない事だけが、神木公平の唯一の救いであった。


   ~~~


 神木公平は暫く大通りを駆けていたが、途中で狭い路地にサッと入る。そこから少ない段差を頼りに一気に屋根の上まで駆け上がると、そのまま一直線に教会を目指した。


 予想以上のアクロバティックな行動に、佐敷瞳子もチェルシーも、更に神木公平にしがみ付く。


 その結果、良い匂いやら柔らかいやら、様々な感情が神木公平に襲いかかる。しかしそれら全てを無理矢理押し退け、一心不乱に駆け抜けた。


 そうして教会の屋根から一気に跳び上がり、鐘つき塔の最上部に侵入する。同時に二人の身体を素早く下ろすと、神木公平は両手を膝について大きく息を吐き出した。


 …体力的には全く問題なかったが、只々精神だけが疲弊した。


「公平くん…大丈夫?」


 佐敷瞳子が神木公平の背中に手を当てながら、心配そうに覗き込む。


「大丈夫、大丈夫。それより猿喰梟は?」


「そっちも…大丈夫。まだ、空にいる」


 どうやら間に合ったようだ。神木公平はひと安心の表情を見せた。


「チェルシー…いける?」


 佐敷瞳子に見つめられ、チェルシーは一度大きく深呼吸する。そうして左手で青い大弓を構えると、右手で背中の矢筒から矢を一本引き抜いた。


「コーヘーさん、私の事、見てて欲しいですー」


「ちゃんと見てる。頑張れ、チェルシー」


 背中越しに神木公平の声援を受け、チェルシーは身体の震えが引いていくのを感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る