第56話

 傭兵組合本部の訓練場は、50メートル四方ほどの広さがあり、4本の支柱によって周囲に魔法防御の結界が施されている。


 そして結界内にいる者には自動的に防護の加護が与えられるため、以前は多くあった敗者の死亡と云う悲しい結末も激減している。


 そのため自身や周辺に大きな影響を与える事なく、かなり本格的な戦闘を行うことが出来る造りになっていた。


 ハルベルトは反対側のゲート付近にいるチェルシーたちを、嗜虐的な笑顔でジッと見据える。それからゆっくりと、ハイスとロートに視線を移した。


「お前たちは男女の二人組を排除しろ。チェルシーは俺が直々に可愛がってやる」


「あらあら、ハルベルト様の激しい責めを、あの小さな身体で受け切れるかしら?」


「チェルシーも大変ですわね」


 ハルベルトのその言葉に、ハイスとロートは恍惚の表情を浮かべる。


「なに、しつけは最初が肝心だからな。いずれはお前たちのように、自らそれを求めるようになる」


「馬鹿ですわね、チェルシー…」


「本当…大人しく従っていれば、最初くらいは優しくして貰えたでしょうに」


   ~~~


 開始時間が迫り、双方のメンバーが訓練場の真ん中にそれぞれ集まる。


 いつのまにか進行役となっていたザイードが、今回の決闘の条件を改めて提示した。


「チェルシー側勝利時は無罪放免。ハルベルト側勝利時は、チェルシーのスピアー家専属メイド契約」


「……え? ええーっ⁉︎」


 その瞬間、チェルシーが大きく目を見開いて、ザイードに喰い掛かる。


「ちょ…ちょっと待つですっ! そんな事、全然聞いてないですーっ!」


「何を驚いておる?」


 そのときザイードが、心底意外そうな顔をチェルシーに向けた。


「一度裏切ったお主に対して、ハルベルト殿の恩赦のような好待遇…こんな条件、もはや無いにも等しいぞ」


「チェルシーが戸惑うのも良く分かりますわ」


 ロートがハルベルトの左腕に身を寄せながら、クスリと微笑む。


「ハルベルト様はもう怒っていませんから、安心して戻っていらっしゃい」


 ハルベルトの右腕に左腕を絡めながら、ハイスが右手の甲を口元に当てて妖しい笑みを浮かべた。


「進行役の男、ちょっといいか?」


 するとハルベルトが、ザイードに目線を向ける。


「そこの地味娘も、磨けば光りそうな良い素材をしている。心を入れ替え誠心誠意、我がスピアー家に仕えると言うなら、痛い目も見ずに仲間の男を無罪放免で解放してやろう」


「おおーっ、それは良い提案だ」


 ザイードは大袈裟な態度で驚くと、グイッと佐敷瞳子へと詰め寄った。


「どうする、トーコどの? 無謀な勝負をせずとも全員の罪を洗い流してくれると言うのだ。これ以上の破格の条件など無かろう」


 ハルベルトを背にしている彼の笑顔は、しかし目元は全く笑っていない。愛しの天使たちに対する心ない無礼の数々、ザイードの我慢もとっくに限界に近付いていた。


「公平くんが…怖いなら、素直にそう言ったら…いいのに」


 そのとき佐敷瞳子から発せられたその声は、誰もが予想だにしない内容であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る