最弱ステータスのこの俺が、こんなに強いわけがない。

第49話

「誰かが…襲われてる」

「え…っ？」

　佐敷瞳子の呟きに、神木公平も慌てて森の奥へと視線を向けた。しかし当然ながら、彼の目では何も見る事が出来ない。

「相手は魔獣か？」

「日輪…熊」

　初めて聞く名前だが、どう考えても強そうだ。

「俺たちで、何とかなりそうか？」

「公平くんなら、絶対…勝てる」

　何を根拠に…とは思うが、佐敷瞳子の自信に満ちた声に、神木公平は思わず微笑んだ。

「瞳子が言うなら、信じるよ」

「でも、急いで…もう、追いつかれそう」

　焦った表情を見せる佐敷瞳子に、神木公平は真剣な眼差しで唇をキツく結んだ。

「分かった、行ってくる。細かい位置とかは後から教えてくれ」

　メイが言うには、神木公平のスピードはかなりのモノらしい。きっとその方面のステータス上昇値が高いのだろう。

　神木公平は一度振り返って右手を挙げると、薄暗い森の奥へと飛び込んでいった。

　　　～～～

「死ぬっ…死ぬですー！　もうダメですー！」

　小柄な少女が、涙を撒き散らしながら、森の中を駆け抜けていく。

　肩ほどまである若草色の髪を振り乱し、丈の短い青色のワンピースが太もも辺りで跳ね踊る。上半身には革製の胸甲鎧（ブレストアーマー）。そして両手両足にも、同じく革製のグローブとニーハイブーツが着用されていた。

　背中に背負った矢筒は既に空っぽで、左手に握りしめている弓は、最早その役目を終えている。

　そのとき後方の木陰から、３メートルを超える程の巨大な黒毛の大熊が、木々を薙ぎ倒しながら飛び出してきた。

　胸元に赤い日輪の模様の入った「日輪熊」だ。

　背後に迫った日輪熊が、少女を目掛けて右前脚を振り上げて叩きつけた。

　運良く直撃は避けるが、その衝撃で少女はゴロゴロと前回りを繰り返す。

　しかし勢いそのまま立ち上がると、再び決死の逃避行を再開した。

　とは言え、いつまでも体力が続く訳がない。限界は直ぐ目前まで迫っていた。

「神さまっ、仏さまっ、英雄さまーっ」

　その瞬間、目の前の茂みから身長１７０センチメートル程の少年が飛び出してきた。亜麻色のブレザーに黒のスラックス。少しクセ毛の茶髪には、小さな木の葉が付着している。

　そしてその神秘的に輝く金色の双眸に、少女の翡翠色の瞳は奪われるように惹き込まれた。

「うおおおおーーっ！」

　神木公平は勢い緩めず少女とすれ違うと、雄叫びをあげながら日輪熊の前に躍り出る。

「ダメですっ、危な…っ」

　少女が焦って振り返った瞬間、日輪熊の巨大な体躯がキリ揉みしながら左方向へと吹き飛んでいった。

　そのまま近くにあった大木をなぎ倒し、日輪熊はグッタリとうつ伏せで動かなくなる。

　暫く様子を見ていた神木公平は、振り抜いた右拳をゆっくり戻してクルリと振り返った。

「大丈夫？　怪我はない？」

　その優しい表情に緊張の糸が途切れたのか、少女は「うわーん」と大泣きしながら神木公平の胸元に飛び込んだ。

「死ぬかと思ったですー。ホントにホントにありがとですーっ」

　延々と泣きじゃくる少女の扱いに困っていると、ガササッと音を立てて佐敷瞳子が姿を現す。

　その不機嫌そうな表情に、神木公平は苦笑いを返す事しか出来なかった。