第19話

 メイは背中のリュックから、自身の頭部より大きな金属製のハンマーを取り外す。それから柄の部分を両手で掴み、更にカチリと引き伸ばした。


 長さが1メートル程にもなったハンマーを斜めに構えて、メイは後ろを振り返る。


「離れずについて来るんだよ」


「…はい」


 二人の緊張した反応に、メイはゆっくりと頷いた。もっとも、佐敷瞳子の姿は見えないのだが…


 そうして一歩を踏み出したとき、何かを思い付いたかのように、メイはそのまま立ち止まった。


「トーコ、念のために聞くけど…他にアオツメソウが残ってたりするかい?」


「え…?」


 突然聞かれて、佐敷瞳子は一度周囲を見回した。


「あ、有り…ます」


「えっ、何処に?」


 メイが慌てて、キョロキョロと首を巡らせる。


「あの……ここに」


 佐敷瞳子はイヤリングを一度外すと、泉の反対側までメイを案内した。


「おおーっ本当にあった! なんて事だい、一度に2本もだなんてっ!」


 メイは再び四つん這いになると、懸命に土をほじくり返している。


 これは、よっぽどの高値がつくのかもしれない…


 メイの姿を眺めながら、神木公平は思わず苦笑いを零した。


   ~~~


 光があまり射し込まない薄暗い森の中を、3人は一列に並んで進んでいく。


 一番後ろを歩く佐敷瞳子は、時折り小声を出しながら、自身の存在を神木公平に伝えていた。


 暫く何事もなく進んでいたが、不意に佐敷瞳子の視界の上方に、黄色いタグがピンと跳ねる。初めてのその反応に何となく首を上に向けると、頭上に生い茂る枝葉の中に5つのタグを発見した。


(毛針…猿?)


 するとその直後、神木公平の頭上の枝に、1体の毛針猿が姿を現す。


「公平くん、上っ!」


 咄嗟に出た佐敷瞳子の声に反応して、神木公平が目線を上げる。するとその視界一杯に、牙を剥き出しにした毛針猿の顔のドアップが飛び込んできた。


(えっ⁉︎)


 突然のことに、神木公平の思考が止まる。しかし次の瞬間、少年の黒き双眸が金色の光を放った。


 周りの世界がスローになる。


 神木公平は小さな羽虫を振り払うように、無意識に左手を横に払った。


 軽く振られただけのその一撃に、毛針猿は勢いよく吹き飛ばされ、木の幹に叩き付けられたまま動かなくなる。


「毛針猿だっ!」


 そのへしゃげた死骸を確認して、メイが焦ったように声を張り上げた。それから頭上を仰ぎ見る。その声に呼応するように、辺りに「キーーッ」と獣の鳴き声が響き渡った。


「あと4体いるみたいです」


 佐敷瞳子の情報を元に、神木公平が素早く伝える。


「分かるのかいっ?」


「瞳子が…」


「ったく、なんて子だい」


 メイは思わず苦笑いを浮かべた。


「公平くんっ!」


 そのときヘッドホンから、再び佐敷瞳子の声が飛び込んでくる。同時に金の双眸が光を放った。


 まるで映画のコマ送りのように、ワンシーンワンシーンが切り取られる。


 神木公平の目前に、襲いかかる毛針猿の右拳が迫っていた。その拳を右手で掴むと、そのままジャイアントスイングの要領でクルリと半回転する。そうして背後に迫っていたもう1体と、空中で勢いよく正面衝突させた。


 鈍い音が響き渡り、2体の毛針猿が崩れ落ちる。


「コーヘー、アンタ…」


 目にも留まらぬその光景に、メイは両目を見開いて絶句した。

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