第10話

 佐敷瞳子は、ただ呆然と黒板を眺めていた。


 どうしてこんな事になるのか意味が分からない。理解が全く追いつかない。


「なん…で?」


 それからもう一度、神木公平をそっと見つめる。蒼い顔で立ち尽くす彼の姿が、痛々しくて見ていられない。力になりたい。助けてあげたい。


「まー、これだけステータスが低いと、成長チートって可能性もあるけどなー」


「あ、それっ! それだよっ!」


「だったら強くなってから合流すればいい。何も今リスクを負う必要はない」


 周りがうるさくて、思考が上手くまとまらない。佐敷瞳子は両手を耳に当てて、必死に自分の足下に視線を注ぐ。


「うーー、何でユーたん、そんな意地悪ばかり言うのーっ?」


「俺は別に意地悪で言ってるんじゃない。魔物の攻撃力がどの程度かは分からないが、俺たちと行動をともにすれば、彼の死のリスクが跳ね上がるんだ。それをちゃんと理解しているのか?」


「ううー…でもー」


 それにあのスキル……あのスキルが全くの謎だ。佐敷瞳子は黒板のスキルを注視する。


「タグの中には、表示が…ない…」


 タンイセン……たんいせん…


「ところでさー、ひかりちゃん。何でアイツにそこまでこだわる訳?」


「ええーっ、だって一緒にいたいじゃん」


「だから何でさ?」


 たんい、せん…


「あ、単位千…」


 途端に佐敷瞳子の目の前が、パァーッと明るく開けた。自分の見てるステータスと、黒板の数値がやっと重なる。


 これで皆んなを説得出来る。佐敷瞳子は勇気を振り絞って、一歩前に踏み出した。


「あ、あの…」

「えっとー…割とタイプなんだよねー、コーくんのこと」


 その瞬間、佐敷瞳子の瞳に、照れ臭そうに頬を染める鳴神ひかりの姿が飛び込んできた。


(え…っ⁉︎)


 踏み出した足がそのまま止まる。


「ちょちょ、ちょっとひかりちゃん、それってどーいう意味…てか、だったらオレは?」


 白石和真が慌てふためくように声を張り上げた。


「んーとそーだねー…1番2番は甲乙付けがたいけどー、カズっぺは3番かなー?」


 右手の人差し指であごに軽く触れながら、鳴神ひかりが「ニャハ」と可愛く笑う。


「よっしゃー、3位入賞…って、ドベやんけー」


 白石和真が頭を抱えて天を仰いだ。


「何か話があったんじゃないのか?」


 そのとき咲森勇人が、そばで立ち尽くす佐敷瞳子をゆっくりと見つめる。


「あの……」


 佐敷瞳子は顔を伏せて押し黙った。それから、ただひと言だけ口を開く。


「私は公平くんと、一緒に…います」


「そうか…それがいい」


「えーっ、トコっちも来ないのー? てかコーくん置いてくので話は決まりなのー?」


 鳴神ひかりが咲森勇人の腕を掴んで更に粘る。


「何もこれが今生の別れでもないさ。彼は必ず追いついてくる…そうだろ?」


 そう言って咲森勇人は、神木公平の顔をジッと見据えた。


「はい、必ず」


 その視線を真っ直ぐに受け止めて、神木公平が力強く頷く。


「この物語の主人公は、どうやらキミのようだな、神木くん」


 咲森勇人は眼鏡をクイッと持ち上げると、初めて楽しそうに「フッ」と微笑んだ。

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