第28話 16日目④:王女の決意③

 ルミナスは微かな緊張感を胸に扉を開ける。その先に待ち受ける者を警戒し神経を張り詰めながらギギギと音を立てて押していく。


(中は……広くて暗い……けど誰かがいる気配がします)


 部屋に入らずとも、押し潰されるようなプレッシャーを感じたルミナスは額に汗を浮かべていた。



「──よくぞ来た」


「ッッ!!!!」


 一際大きな部屋の中央付近まで来たところで、聞こえた少年のような声にルミナスはパッと飛び退く。


 瞬間、部屋の灯りが一斉に灯る。


「貴方は……」


 どうやらここは謁見の間らしく、ルミナスの視線先には、玉座に座る黒色のローブを纏う少年と、呆れたような目を少年に送っている青年がいた。


「あのー、この演出いるんスか?」


「当たり前だろ? 格好良いじゃん?」


 そのやり取りでルミナスは気が抜けた。

 しかし、同時に少年がただ者でないことも気がついていたがために、警戒は一切解いていない。

 


「貴方たちの目的はいったいなんですか?」


 凛とした声が響く。こんな状況に陥ってもなお、ルミナスは冷静さを損なわず確固とした目的の元話す。

 青年は、ハァ……と隈が深く刻まれた目に指を当てて半ば呆れるように言う。



「まぁ、『魔剣士』の餌ッスね。そのために王女様を拐ったッス。でも、まさかその餌に毒が入ってるとは思わなかったッスよ……。兵士全滅とか……」

  

 被害額ヤバいッスと、非常に疲れた顔で言う青年に、ルミナスの眉がピクッと上がる。やはり、餌と言われ腹が立ったのだ。だが、それよりも深い怒りがルミナスを包む。


「たかがあの数で先生を殺せるとは思えませんが。少し『魔剣士』を侮っているのではないですか?」 

 

 あの程度でヨウメイを殺せるというニュアンスで放った青年の言葉が苛立ちの原因だった。誰よりも近くでヨウメイの強さを見て、尊敬している先生が馬鹿にされるのをルミナスは我慢できなかったのだ。


 真っ正面から王女の怒りを受けた青年は、その言葉に不気味に微笑む。

 訝しげに眉を潜めたルミナスが言葉を発しようとした瞬間、場に似合わない幼い声が響く。


  

「なぁなぁ、そんなのどうでもよくないか? 我は早く目的を達したいぞ?」


「目的、とは?」


 拗ねるように不満を漏らした少年の『目的』というワードにルミナスは反応する。


 すると、少年はキラキラと瞳を輝かせながら大袈裟に身振り手振りを交わして言う。


「我には夢があるのだ。それは誰もが笑える世界を創ることだ!!! 皆で笑い合い、共に過ごせる国はとても良いと思わないか?」


 それは実に見た目通りの『夢』で。

 ルミナスはそれが、先生を殺すこととなんの目的があるのだろうと、思考を深めるが答えは出ない。 


「ならば、なぜ先生を殺そうとするのです? 先生が平和の象徴になっているからこそ、人々を安心して笑えるのですよ?」  


「ふっ、それは擬似的な平和に満足する愚か者たちが思うまやかしだ」


「ではどうすると?」


「簡単だ!!! すべての国を滅ぼし、我の統一王朝とする! そして、全てを支配し、新たな国を作り上げた時、我の夢は達成される!」


 ルミナスは本気で少年の言っている意味がわからくなっていた。

 矛盾だ。それこそまやかしではないか。と。


「それでは、誰かを殺され残った者共は笑えなくなります。貴方の言っていることは理解しかねます」


 すると、少年はおもむろに立ち上がると、ニヤリと──殺意に満ちた不気味な微笑みで言い放つ。



「我の創った世界で笑えぬというならば──殺してしまえば良い」


「……ッッ!!」


(狂っている……。同じ人間だとはとても思いたくありません)


 ルミナスは、少年の言葉全てに嫌悪感を覚えた。

 矛盾だらけの物言いに、善悪の判断も付かない力を持った子供。


 最早この少年……いや、皇帝はこの国の病巣である。

 そう判断したルミナスは言葉を交わすことを止めた。


(即刻、捕縛します)


 この二人の強さは分からない。ならば、何かされる前に攻撃してしまえば良いと即座に判断したのだ。

 

 手を突き出し魔法の発動準備が完了する。ルミナスがルーン文字を描こうとしたその瞬間、今まで皇帝の言葉に黙っていた青年が、指を擦り合わせた。


 ──パチン。


 その音が聞こえた途端、ルミナスの四方に淡い赤色の結界のようなものが展開され──


「あっ……」


 ──突如訪れた体の不調に、ルミナスは膝を突く。


(……魔法が使えない)  

  

 即刻魔法を放ち結界を壊そうとしたルミナスだったが、上手く魔力を練ることができない。



「古代魔具『アンチ・マジック』。結界内で魔法は使えないッスよ。それに……そのままだと王女様は二度と魔法が使えなくなるッスよ?」


 ニヤニヤと人を人と思わない、ふざけきった笑みを浮かべながら、ルミナスにとって聞き捨てのならない言葉を放った。


「なんで……!!」


 片膝を着いて顔を苦悶に歪めながらそれでも、ルミナスは気丈に立ち向かう。

 青年は苦しむルミナスを見てさらに笑みを深めると、機嫌良さげに語る。



「その魔道具は、体内の魔力器官……まあ、魔力を練る場所を乱す効果があるんスけど、時間が経てば経つほどその魔力器官が徐々にぶっ壊れていって、最終的に永遠に魔法が使えなくなるッスよ! これで、か弱い王女に戻れるッスね!」


 人の神経を逆撫でにするような言葉遣いでルミナスを追い込む。


 魔法が使えなくなる。それは今のルミナスにとっての死を意味していた。


 大袈裟ではない。

 魔法が使えなくなるのは、自分の掴みかけていた存在意義を失くすことを意味し、さらにことを意味していた。

 それはルミナスにとって耐え難いことだ。


 幸せが壊れる。

 ルミナスの脳内で、先生との思い出。楽しかった事が再生され……最後にそれ全てが崩れ去る映像を幻視した。



「嫌です……そんなの絶対嫌です。やっと、やっと幸せを知れたのに……また失うなんて嫌です!」


 ルミナスからポロポロと涙が落ちていく。

 失う辛さをルミナスを知っている。失ったものを取り戻し、またそれを失うなど苦痛以外の何ものでもない。

 嫌だ、嫌だとうわ言のように呟くルミナスを見た、少年と青年は嗜虐的な笑みを浮かべる。この二人は結局のところ、人が傷つき絶望する瞬間を見るのが好きなのだ。趣味が悪いにもほどがある。


 ルミナスは涙を流しながら、最後の希望を振り絞る。

 今最も己の信じる人物を呼ぶ。


 ルミナスのたった一人の英雄を。



「助けて、先生……」 






 英雄は悲劇に駆けつける。泣く少女の存在を許さない。




 ──パキッと、結界にヒビが入る。

 そのコンマ数秒後には、結界がバラバラになっていた。




 

「……先生」


 涙にぼやける視界に、求めていた大きな背中を見た。

 涙をぐしぐし拭いて、英雄を見たルミナスは、もう一度その名前を呼んだ。



「先生っっ!!」


「──助けに来た。無事か?」


 いつもと変わらない優しい笑みでルミナスの無事を確認したヨウメイは、内心に満ちる怒りを抑えながら厳しい視線を、少年と青年に送る。



「お前ら許さねぇ。俺の教え子を傷つけた報いは受けてもらう」


 青年は、ヨウメイから放たれた殺気に臆することなく、自分の策に嵌まったヨウメイを見て笑う。

 皇帝はビビってちょっとだけ漏らしていた。



「第二ラウンド……ッスかねぇ」


 青年は愉しげに嗤った。 

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