第26話 16日目②:王女の決意①

 目が覚めたルミナスは、瞬時に辺りを見渡すとギッと激しく歯を噛み締めた。


(また。また先生の手を煩わせてしまう)


 悔しさも一瞬。

 すぐさま思考を切り替える。これもルミナスがヨウメイから教わったことだ。着実に実践訓練のシュミレーションが生きている。


(ここは牢屋ですね……。看守は見える限り二人……。手錠一つで拘束してるあたり、私が魔法を使えることは知らないみたいですね)


 これは幸運だった。

 皇国は、『魔剣士』であるヨウメイの情報ばかり集めており、最近のルミナスに関しては調べられていなかった。特に『例の場所』で修行をしていることから、そもそもバレることはない。


 ルミナスは再び思考の渦に埋もれる。

 どうすれば効率良く状況を好転に持ち込めるか、だ。

 なぜなら、


(仮にここで脱出したところで、何が待っているかわかりません)


 勢い任せに魔法を使って脱出したところで、その先にどれほどの戦力が待ち受けているかも把握できていないのだ。

 静かに隠れながら脱出する方法も考えたが、いずれルミナスがいなくなったことが分かれば、血眼になってしらみ潰しに探すだろう。

 

(現時点での優先事項は……情報収集と待機……)


 ルミナスは敵の目的が今一わかっていない。

 なぜ捕らえられているのか。ここはどこなのか。何をされるのか。

 全てわかっていない以上、ここから動くのは逆効果だと判断したのだ。


 キッチリ自分の中で計画を練ったルミナスは、ふぅ……と一息吐くとわざとらしく腕を伸ばす。

 ガチャと手錠の音が鳴ったのを聞いて、ルミナスは慣れない演技で一芝居を打った。


「あ、あれ、ここはどこですか? 誰かいませんか?」

   

 かなり棒読みである。

 純粋であるルミナスは、人を騙すために演技をするのがどうも苦手らしい。そんなことを言っている場合ではないが。


「ん、あ?」


 すると、遠目に見えた看守の一人が、筋肉に包まれた巨体を大きく揺らしながら歩いてきた。


「おーう、おーう。お目覚めかい、姫様」 


「あ、あなたはいったい?」


 ルミナス、渾身の演技である!!

 実際には、ア、アナタハイッタイー? と完全に棒読みなのだが。

 しかし、頭の悪そうな男は本当に頭が悪かったようで、演技にも気付かずに下卑た目線でチラリとルミナスを見、心底愉快そうに笑った。


「ハッハッハ!! そうだよなぁ、わからないよなぁ。ここがどこかも自分が何をされるかも」


 わからねぇから聞いてるんだよ、とルミナスは思ったが口をつぐんで棒読み演技を続ける。


「わ、わたしは何をされるんですか? ここはどこなんですか!?」


「ん? なんかお前喋り方変だな……。まあ、良いか。

 そうだなぁ……不幸な目に合うお前に少しばかり情報を恵んでやるとするかぁ」


 あわや演技がバレるとこであったが、男は気にしないことにしたようだ。頭悪くて助かったね。


 男がそんなことを言うと、奥からもう一人の看守が出てきた。

 こちらは、大男とは対称にひょろ長くて骨が窪んだ骸骨のような男だった。


(……ローブに杖。魔法使いですか)


 ルミナスはすぐさま正体を見抜く。大男は頭が悪かったが、人員配置した上司は頭が良いようで、戦士と魔法使いという対称の二人を看守に就かせバランスを取っているようだった。

 ルミナスは、ヨウメイのように相手の保有している魔力量を計ることはできない。そのため、どれくらいのレベルの魔法使いであるかは察知できない。  

 つまり、ルミナスの要警戒者は魔法使いの男へ移った。


「おい、何情報をべらべら喋ろうとしてるんだ」


「へっ、別に良いだろ? どうせ死ぬんだからよ」


 魔法使いの男は、一瞬顔をしかめたが何を言っても無駄か、と戦士の男の性格を知っていたがゆえに引き下がった。口先だけの注意だったらしい。


 そして、ルミナスは新たに得た情報を整理していた。



(どうせ死ぬ、ですか。ならば今は死なないということ。なぜでしょうか。……恐らく敵は皇国。となれば考えるべき前回との相違点。

 それは単純に殺人ではなく誘拐という労力のかかる手段を取ったこと。先生を警戒しての誘拐であったならば、この場所に連れてこられた時点で殺すはず。なら……私以外を狙った犯行……ということでしょうか。つまり人質。

 私が人質になることで狙われる人物……お父様、お母様、セリア……先生……!? そうです、おそらく先生を誘き寄せているはずです。先生ならば絶対にここへ来れてしまうから……)


 場所だが、ルミナスはそれも朧気ながら予想していた。


(となれば、やはりここはヘレネーシュトーゲン皇国。『異能』を使って連れてこられたというわけですか)


 頭の回転が早い。

 少ない情報から、見事に全貌を掴みかけたルミナスは僅かながら焦燥を浮かべる。


(先生が殺される……とは思えません。先生の強さは私が知っています……が。万が一私が人質として殺されそうになった時、きっとあっさり自分を犠牲にするでしょう。俺は『魔剣士』だから、なんて言って。そんなことは許されるはずがありません)


 先生の足枷になることがわかったルミナスは、自分の無力さに体を打ち震わせて涙を浮かべる。


 だが、冷静的な部分が、今ここから逃げ出しても状況が好転するかはわからないと言っていた。


 そんな時だ。

 涙を流すルミナスを見た看守の大男は、笑いながら見事に地雷を全力で踏みに行った。


「はははっ!!! が可愛らしく泣いてるぜぇぇ!! ほら、誰かに助けを求めたらどうだ? 王族なんだから何時もそうしてるだろ?? なぁなぁ……」



「あ?」


 室内の気温が一瞬にして下がった。比喩ではない。物理的に気温が冷えていく。否……凍えていく。

 剣呑な声で疑問符を発したルミナスの面は、誰がどう見てもぶちギレていた。

 ヨウメイは言っていた。女性怒らせたらヤバい。そういう時は逃げろと。


 だがしかし、今のルミナスからは誰も逃げれない。そして、ルミナスが発する殺気は『絶対に許さない。逃がさん』と言っていた。

  

 その異常な雰囲気に一拍遅れて気がついた大男は、寒さに身を震わせながらルミナスの顔を見て……


「ひっ!!」


 顔を青くして後ずさる。

 ガタガタ震える大男。果たして寒さから震えているのか、ルミナスの圧に震えているのか。

 ハッキリ言えることは漏らす寸前であったということ。



 そして、ルミナスはゆらりと立ち上がる。それを阻んだ手錠は、一瞬にして砕け散った。手錠の僅かに空いている隙間に氷を発生させ砕いたのだ。

 当然ルミナスの手も傷つくが、そんなことは今のルミナスに関係ない。


 ──目は怒りと闘志で燃え上がっていた。今なら火魔法も使えるのではないかという雰囲気だ。

 そして、ルミナスは自分に言い聞かせるように。そして、眼前で震えている大男に感謝を伝えた。



「ありがとうございます。お陰で目が覚めました」

    

 ルミナスの声音に感謝の感情は一ミリもないが。


「な、なんなんだよ、お前はぁ!!?」



「私ですか? 王女ですよ。ですが、もう────誰かに守られて自分に嫌気が差すか弱い王女では……ありませんッッ!!!!」


 裂帛とした気合いが辺りに響き、その瞬間、男の下半身が凍りつき、拳大の氷を顔面に放って大男を気絶させた。


 その音に驚き、席を外していた魔法使いの男も凍りつかせてから気絶させる。

 ルミナスの怒りは思考を鈍らせなかった。却って鋭敏になった思考が、的確に敵の意識を奪ったのだ。




「私は諦めません。このための力。このための強さです。先生の手を煩わせるまでもない。私が全て片付けます」


 ルミナスは牢屋を氷の弾丸でぶち抜き、歩みを進める。

 決意の歩みを一歩踏み出す度に床が凍りつく。怒りで溢れる魔力が無意識に魔法へと変換されることによって、凍りついていく。


  


 ────ヘレネーシュトーゲン皇国の王城『セフィロス』地下二階。


 ルミナスの歩みは決して止まらない。




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