第25話 16日目①:最悪の事態

「はぁっ、はぁっ」 


 訳の分からない焦燥感で飛び起きた。


 どうしようもなく胸騒ぎがした。

 なぜか心臓がドクドクと鳴り止まず、冷や汗が背中を伝う。


 ふと時計を見ると日付が回った頃だった。


「嫌な予感がする」 


 幸せを作るのは難しいが、壊すのは簡単だ。

 そして、幸せが壊れる時に決まってこの音がする。


 ──カチリ。


 ピースが嵌まった音が聞こえた瞬間、俺は疾風の如くスピードで部屋を飛び出した。



「頼む。杞憂であってくれ……っ!」


 俺はこういう時の自分の勘に関しては絶大な信頼を置いている。戦いの場では、何度もその勘に世話になったものだ。

 だからこそ。だからこそ、焦る。自分の信頼している勘を信じたくない程に、俺は今この瞬間焦っているのだ。



 そして、顔面蒼白で前から走ってくるカマエル王を見た途端、俺はその勘が当たってしまったことを感知した。



「頼む。王なんてどうでも良い。何でもするから、ルミナスを、僕の娘を助けてくれ!!!!」


 俺の姿を見た王は、一瞬ホッとした顔を浮かべ、次の瞬間一国の最高責任者たる王が俺に向かって平伏したのだ。

 勿論、そんなことをされようとされなかろうと、俺の答えは決まっている。


「勿論です。手短に何があったかを話してください」


「くっ、すまない。先の件も僕たちの責任なのに君を巻き込んで……っ!」 


 悔しそうに歯噛みする王は、自分の非力さを嘆いているようだった。

 だが、俺は違うと思う。  

 リング王国は、世界随一の平和国と呼ばれている。それは単に王の采配ゆえだ。国を全力で守っている王が非力であるはずがない。

 むしろ、この事に関しては……俺の責任だ。


「顔を上げてください。俺はルミナスの先生です。助けるのは当然ですし助けたいと思っています」


「……っ。ありがとう……!」


 微かな罪悪感を胸に、俺は涙ながらに感謝を伝える王を見ていた。





☆☆☆




 最悪な事態が起きた。


 王から聞いた内容はまさしく俺が危惧していた通りのことだった。



 皇国ヘレネーシュトーゲンの手の者によって、ルミナスは誘拐されしまったのだ。

 現場には『魔剣士よ。夜明けまでに一人で来るなら王女を逃がしてやってもよいぞ?』という明らかに俺を狙った文言が残されていた。



「くそっ、俺がもっとちゃんとしていればッッ!!」


『君のせいじゃない……僕たちが』


「いや、予兆はあったんだ。気づけない俺が悪い」


 『伝達』の魔法を使用しながら、俺は夜の闇を駆け抜けていた。

 俺の転移テレポートは一度行ったことのある場所しか使用することができない。俺はとある筋から、ヘレネーシュトーゲンの情報を定期的に貰っていたがゆえに出向いたことは一度もなかった。

 そのため、皇国に一番近い場所にテレポートし、全力で駆け抜けているのだ。


 俺は急ぐため、『伝達』をこちらの声だけ聞こえるように設定して走る。


 まだ僥倖だったのは、目的が俺であったことだ。

 以前の刺客はルミナスを最初から殺しに来ていたのだ。つまり、ルミナスが人質として機能している間は無事なはずだ。

 もし俺がその立場であったならば、『魔剣士』を確実に殺すためなら、まだ人質は生かす。


 それと、ルミナスなら魔法で切り抜けることもできるはずだ。

 だが……『はず』でしかないのだ。

 憶測が頭の中で飛び交う。最悪な事態も想定しているが、考えたくもなかった。だからこそ、心の安定のためにも、一先ずルミナスは無事だ、と仮定する他なかった。


 これなら、俺の方が非力じゃねぇか……。肝心な時に救えなかった。剣を振って、でも振れなくて、むくれ楽しそうだったルミナスは、敵の手中。

 

「絶対、助ける……ッッ。『エア・バースト』!!」


 風の衝撃波を後ろに放つことで、推進力を上げて速度を上昇させる。

 今は一分一秒でも早くルミナスの無事を確認しなくては。


 そして……ヘレネーシュトーゲン……。



「絶対に許さねぇ……」


 許せるわけがない。

 ただでさえ、幸せを享受しきれなかった薄幸少女なのだ。やっと、魔法という趣味を見つけ、幸せを手に入れられる……そんな時期だったのだ。

 それを踏みにじり、あまつさえ危害を加えようとするならば……俺は絶対に許すことができない。許せるはずがない。許したくもない。



「もっと……もっと早く……っ!!」


 隣国とはいえ、かなり距離が離れている。馬車でも1ヶ月かかる道のりだ。それに、俺が通っている道は直線方向で、悪路でしかない。

 だが着かなくてはいけないし、俺の足なら確実に着く。


 頭の中では、後悔がぐるぐる渦巻いている。気づけたはずだ。

 王女の暗殺というのは、ヘレネーシュトーゲンという国からの明確な宣戦布告だ。

 それは俺が阻止した。阻止して油断してしまったのだ。

 特に誘拐という手段は頭には入っていなかった。

 なにせ距離があるのだ。その固定観念が今回の事件を産んだ。



「あっちも『異能』使いを出してきたんだ。『転移系統』の異能があるかも、なんて考えればわかったはずなのに! 気づけなかった!!」


 『異能』は千差万別。一万人に一人という数は、少なく見えて実は多い。特に大国ともなれば、宮中で『異能』使いを抱えることも少なくない。

 そして、その多くは有能な『異能』使い。だとすれば、その戦力も分析した上で結論を出すべきだった。油断するには時期尚早すぎた。


 俺を狙う理由は分からない。

 どうやって情報を掴んだかなど興味ない。


 ただ、絶対助ける。


 そんな思いが胸中を占めていた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

次回はルミナス視点。

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