第20話 13日目:ヘレネーシュトーゲン&看病①
暗雲立ち込める真夜中。
ヘレネーシュトーゲン皇国、皇都『セレス』に構える一際大きな建物……セフィロス城の一室に、灯りも灯さずに佇む者たちがいた。
そのうち、見た目は12歳ほどに見える少年が、意地の悪い顔でニヤリと笑った。
「ふっ、『エレス家』の『加速者』が捕まったか。だが奴はこの国の貴族の中でも最弱────!」
「いや、切れる最高のカード無駄遣いしたくせに何言ってんスか。頭沸いてます?」
スパコーン! と少年の頭に丸めた紙束がクリーンヒットした。
うぐっ、と少年は頭を抑えながら、少年を叩いた──目の下に大きな隈を浮かべた気だるげな青年を睨んだ。
「ええい! 相変わらず宰相のくせに敬意をクソもないやつめ! お前がそんなこと言ったって我、悲しくも痛くもないもんね!」
「涙目ッスよ」
「うるしゃいッッ!」
宰相、と呼ばれた青年はやれやれとかぶりを振った。
青年にとって、少年は敬意の対象ではないことは確かだ。どちらかと言うと、五年続いた内乱を共に勝ち抜いた同志。これに当てはまる。つまるところ、この二人は主従関係であり腐れ縁なのである。
「そもそも、僕は止めたんスよ? まだ時期尚早だって」
「だって、王女殺したら王、動揺するじゃん……」
見た目相応に拗ねた少年だが、交わされる言葉は非常に物騒である。
「気持ちはわかるッスけど、今それやったら確実に目的バレて警戒されるの目に見えてるッスよ……」
「あいつが負けるのが悪い!!」
だんだん、と地団駄を踏んで騒ぐ少年に、青年は額に手を当てため息を吐く。
しかし、青年にとっても『あいつ』……『エレス家』の長男坊が負けるのは予想外であった。
「ん……まあ、レア『異能』持ちの通称『加速者』に勝てるほど腕利きの護衛がいたのは予想外というか、タイミングが悪いというか……」
「なんだ!! ハッキリせい!」
「ハァ……まあ、運悪いッスね」
運、という単語に少年は酷く憎々しげな表情をした。
それに気付いた青年が、すみませんッス、と謝罪し、話しは戻る。
「それにしても、その護衛とやらは一体何者なんだ?」
「んー、間者の情報待ちッス。今のところは腕利きの護衛がいた、という情報だけッスね」
「ちっ、使えんな」
これは、ヨウメイが王城より外に出ていないことと、顔が広まっていないことが幸いした結果だった。
そんな時、少年がふざけたように言う。
「まさか──『魔剣士』がいたりとか?」
青年は一瞬難しそうな顔で唸り小さく頷いた。
「あり得なくはないッスね。あの歩く災害は神出鬼没ッスから」
「え、まじ!? 我の予想当たった? わーい……あだっ!」
再びスパコーンと紙束が振り下ろされた。痛がる少年を見る青年の額には、青筋が浮かんでいる。
「わーい、じゃないッスよ! もしその予想が当たっていれば、あの国の後ろに『魔剣士』がついてるって訳ッスよ?」
「むぅ……そんなに『魔剣士』は強いのか?」
好んで情報を取り入れない少年は、今一『魔剣士』……ヨウメイの強さをわかっていないようだった。
しかし、青年にとって情報は命。ある程度の評判や実力などは聞き及んでいた。姿形だけは遠く離れすぎていたがために、婉曲し情報の整合性が取れていなかったが。
「強いなんてもんじゃないッス。あれは正しく『化け物』の領域ッスよ。剣は歴代最強、魔法は超一流。おまけに『異能』も持っているッス。まさしく一騎当千。いや、有象無象の大軍程度なら、何万いても蹴散らすッスね」
その情報を聞いた少年は、化け物を見る目で虚空を眺めた。
「うへぇ……我怖い。でもそうなったら我勝てぬではないか!!!」
「まあ、確率は下がるッスけど、うちにはあれがいますから」
少年は後ろに控える何者かに目を移すと、ニヤリと笑った。
「そうだな、あれがいるからには『魔剣士』だろうが何だろうが関係ないだろうな、アーハッハ!!!……あだっ! 何をする!!」
「油断は禁物ッス」
「はーい」
不承不承と頷いた。
瞬間、雲間から月光が射し込む。
月夜に照らされ映る人影は3つだった。
男二人の傍には、美しい黒髪を携え、目には虚空ばかりが映る少女がいた。
少女の目には何も映らない。夢も希望も生きる気力も。生を感じる何もがそこには映っていない。
ただ、何処か救いを求めているような。
少女の目から落ち行く一滴の液体がそれを証明していた。
☆☆☆
今日も今日とて……と行きたかったのだが、ルミナスの扉の前には王妃……ファミリアさんがいた。
まるで誰かを待ち構えているようである。あ、多分俺ッスね。
予想通り、俺の姿が視界に映るとタタタと駆け寄ってきた。
「あ、ヨウメイ様。実はあの子、風邪引いたみたいで……」
「じゃあ、今日は休みってことか?」
「いえ、実はお願いがあるんです♪」
その含んだような笑みで見られた時、俺はどことなく嫌な予感がした。うん、魔剣士の勘って大概当たるんだよね、悲しいことに。前はダンジョンに行った時、ここ踏んじゃいけない! って勘が働いたんよ。ちなみに踏んだ。そしたら……うぇ、思い出したくねぇ。
こういう時は素直に自分の勘に従うべきである。
「あ、今日はちょっと用事あるんで……」
「呪い解きに来たのにあるはずないですよね♪」
ガシッと。骨が軋むほど強く俺の腕が握られた。痛いんですけど。あの、防御貫通持ってる?
うん、まあ、勘が働いた時って結局逃げられない状況にあるんだよね! ちくしょう!
「わかったって……。何すれば良いの?」
「よくぞ聞いてくれました! うちの子の看病お願いします」
「帰る」
「まあ、待ってくださいって」
俺の頸動脈に指先を置いてファミリアさんは笑顔で言った。別に死なないけどさ。こんなに平気で人を脅す人初めてだわ。こんな初めて知りたくなかった。
「そんなの侍女か医者の領域じゃん」
「いやぁ、熱でもあの子、魔法の練習しそうですし」
「わかった、引き受けよう」
あいつが狂ってんの忘れてた!!
俺の脳内には、熱でうなされながら無意識に魔法の練習をして壁をぶち破る映像を見た。わりとありそうで怖い。
そんな想像をした俺は、ファミリアさんのお願いを秒で引き受けた。
何故かファミリアさんは微妙な表情をし、じゃ、お願いしますね、と去っていった。
なんか、俺の周りの人。俺の扱い日に日に雑になっていってない? 泣いちゃうよ?
およよ、と泣くフリをするが周りには誰もいない。
……何やってんだ、俺。
我に帰った俺は、ルミナスの看病をするために部屋の中に入っていった。
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