第2話 この日に辿り着くまでに


 結婚式。

 子供の頃から夢見ていた、私にとって人生最大のイベント。





 この日を迎えるまでに、約一年かけて準備してきた。

 それはそれはもう、大変だった。


 ドレス選びに始まって、手にするブーケは何にしよう、どんなティアラをつけようか。

 髪形はどうしよう、ネイルはどんなタイプがいいかな。

 高砂席の装飾はどうしよう。来賓席の装飾も決めなくちゃ。

 料理はどのコース?ウエディングケーキはどんなタイプにする?

 分厚いカタログを何冊も用意され、一つ一つ決めていく。


 披露宴のテーマは何にする?

 進行もプランナーさん、司会者さんと一つずつ決めていく。

 スピーチは誰にする?余興は?

 カメラマンは必要ですか?動画もセットにするとお安くなりますよ。


 こんな感じでとにかく大変だった。

 決めること、こんなにあるんだ。





 式場選びを始めて知ったこと。


 このプランは安くていい、そう思って見学に行く。

 でもその値段だと、とてもじゃないけどお客さんを呼べない。

 そのままだと、披露宴会場だって会議室みたいに殺風景になってしまう。

 テーブルに飾る花にもそれぞれ、値段がついている。

 あれよあれよという間に、値段はどんどん上がっていった。


 その度に帰ってからあっくんと二人、明細書とにらめっこ。

 でもプランナーが勧めてくれるものは、高いけどやっぱりいい。

 値段で妥協しようと思っても、少し低めのプランを見ると、やっぱり物足りない気がする。


 うまい商売するなぁ、式場も。


 先にいい物を見せられたら、目が肥えてしまってランクの下がる物を見てもときめかない。

 私たちは通帳と明細を何度も見比べ、妥協点を探し続けた。




 そんな中、何度か喧嘩もしてしまった。

 お互いに持ってるこだわりが違うからだ。


 少し値が張ったとしても、私には譲れないものがいくつかあった。

 ドレスやブーケ、私を飾ってくれるものだけは、どうしても妥協したくなかった。

 それならせめて、お色直しをなしにしない?そうあっくんが提案してきた。


 でも、ありえなくない?


 花嫁にとって、純白のウエディングドレスは夢だ。でもそれと同じぐらい、お色直しも大事なイベントなんだ。

 清楚なドレスから一転、ゴージャスなカラードレスでみんなを驚かせる。

 その驚きが冷めやらない中、二人でテーブルを回り、キャンドルに火を灯していく。


 最高じゃない。


 だからあっくんの提案、問答無用で却下した。

 あっくんは頭を抱えた。


美玖みく、その……式にこだわる気持ちはすごく分かるよ。美玖にとって、この日がどれだけ大事なのかも知っている。でも……もう少しだけ、僕の話も聞いてくれないかな。

 僕らはこれから、この家で新しい生活を始めるんだ。そりゃ当分共働きだし、二人で暮らしていく分には問題ない。

 でも、いずれは子供も出来るだろうし、そうなれば美玖、多分君の方が会社をやめることになると思う。一応僕の方が給料も高いし、美玖だって子育てに専念したいって言ってたし。

 僕らはこれからの生活の為に、少しでも蓄えを残しておかないといけないんだ。僕だって出来るものなら、美玖の望みを全部叶えてあげたい。でも美玖も、出来ればその……少しでもいいから妥協してほしいんだ」




「何よそれ!」


 と、思わず声を荒げてしまう。

 あっくんの言ってることが正論だって分かってる。でも、それでも私は言ってしまう。


「あっくんには分かんないんだよ、私の気持ち。私はあっくんと幸せになりたい、その為に新しい門出の日を、少しでも彩りたいの。あっくんだってそうでしょ?友達や先輩もいっぱい呼んでるのに、貧相なおもてなしだったら恥をかくのはあっくんなんだよ?」


「いや、それもなんだけど、何もあんなに人を呼ばなくてもいいと思うんだ。あと10人削るだけで、もうワンランク下の会場に出来るんだし」


「あっくんは男だから分かんないんだって。私にとって結婚式は、そんなに妥協してするものじゃないの。誰が見ても感動する、来てよかったって思えるものにしないと意味ないの。それにこれは、あっくんの為でもあるんだよ?こんな立派な式が出来るってことは、あっくんの株が上がるってことなんだよ?」





 とまあ、こんな感じで。

 自分でも無茶苦茶だと思いつつ、止まることが出来なかった。


 それでもあっくんに考えて欲しいって言われて、「じゃあもういい!結婚もなしでいい!」と子供みたいなことを言って、それから一週間実家に帰って電話も取らなかった。


 あっくんを散々悩ませた。


 でもあっくん、私が家出した後も、ずっと考えてくれていた。

 そして私が受け入れられるラインを見つけ出し、何度も説得をしてくれた。

 そんなあっくんを見て、私は罪悪感にさいなまれた。


 でも、ごめんなさい、あっくん。

 私もう、止まらなくなってるんだ。

 この我儘のお返しに、結婚したらいっぱい甘やかしてあげるから。

 私と結婚してよかった、そう思ってくれるように頑張るから。

 そう思い、ふくれっ面のまま、あっくんと家に戻ったのだった。






 当日。式場に入ると、まっすぐ控室へと向かった。


 挙式の4時間前。


 ゆっくり出来ると思ってたけど、とんでもない。

 分刻みでスケジュールが埋まっていた。

 ドレスを着て、髪にメイクにネイル。

 途中でトイレに行きたくなると、ドレスを脱がなくちゃいけない。

 その度にタイムロスしてるようで、美容スタッフもだんだんと笑顔が引きつっていった。




 ようやく準備が整い、少し一息いれようと飲み物を手にしたタイミングで、今度はカメラマンが入ってきた。


「どうもー!おじゃましまーす!本日はおめでとうございまーす!」


 満面の笑みで入ってくるカメラマン二人。

 一人は写真、一人はビデオマンだ。

 なんて完璧なタイミングと思ったけど、当然と言えば当然。

 彼らは私の支度が整うのを、ずっと部屋の外で待っていたのだ。

 軽快な言葉を私たちに投げかけながら、写真と動画を撮っていく。

 時折私のことを「お綺麗ですね」「新郎様がうらやましいです」と褒めてくれるのも忘れない。


「それじゃあ、ちょっと見つめ合っていただけますか?はいそう!いいですねー。じゃあちょっと、語り合ってみましょうかー。

 どんな話でもいいですよ。あ、そうだ。これにしましょう!うどんと蕎麦、どっちが好きかについて」


「え……わ、私はうどんだけど……」


「ははっ、僕はお蕎麦かな」


「はいそう!いいですねー、すごく自然な笑顔ですよー。はいじゃあどんどんいってみましょう。お互いの麺に対する熱い情熱、語ってみましょうかー」




 ふふっ、何よそれ。

 あまりに突拍子のない振りに、私たちは笑顔で語り合う。


 でも……やるな、カメラマン。


 こんなことで笑顔を出せるなんて。私、知らなかったよ。

 流石プロね。




 そんなこんなで始まった撮影タイム。私たちに気を配り、ずっと笑顔でいられるよう雰囲気を作ってくれる。

 隣では美容のスタッフやプランナーさんも、笑顔で見守ってくれている。




 ああ、やっぱりこの式場にしてよかった。

 この人たちはみんな、私の幸せを祝ってくれている。

 きっと最高の一日になる、そう思いあっくんを見る。

 あっくんも幸せそうに、私を見つめてくれていた。

 あ、やばいかも。

 その笑顔、反則だって。



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