語り手

こよみ

第1話 梅雨

これは、私が小学6年生の時に体験した話です。


両親が共働きだった私は、学校から帰ると1人で留守番して過ごす事が多く、クラブ活動の無い日は15時から17時頃までは1人の時間でした。


寝るのが好きだった私は、よく1人でいる時は昼寝をして時間を潰しながら母の帰りを待っていた。


その日も学校から帰ってきて宿題をしていると、段々と眠くなってきたのでそのまま床に寝転がり、敷いていたクッションを枕代わりにして眠りにつく。


ふと目が覚めると、外では雨が降っている。


部屋も薄暗くなっていたので、そろそろ電気を付けようと起きあがろうとしても体の力が入らない。


そこで初めて、私は金縛りに合っていることに気付きました。


クッションを枕の代わりにしていたので、取り敢えず頭をズラして床にゴツン!と頭がぶつかれば金縛りも解けるかもしれない。


そう考えて目線をスっと頭の下にあるクッションの方にやると、色が違う。


緑色のクッションを枕にしていたはずなのに、目線の先には灰色のスーツ生地。


なんだか、クッションよりも硬い感じもする。


何が起きてるのかわからず、とりあえず金縛りから開放されたい一心で体を動かそうとしましたが、全く動くことが出来ない。


そうしてるうちに、ガチャッと玄関の鍵が開く音と共に「ただいまー」と母親の声。


その声と同時に、私の頭は床に落ちて金縛りからも解放された。


勢いよく起き上がると、緑色のクッションは私の後ろの方にあり、灰色のクッションは見当たりません。


そもそも、我が家にスーツ生地のクッションなんてありませんでした。


リビングに入ってきた母親に、一連の話を興奮しながら話すと、「夢でも見てたのよ」とまともに取り合ってくれません。


ただ、私も金縛りにあっただけなので、不思議な体験をしたなぁ…と思うくらいで、特別怖い思いをした!という印象もありませんでした。


そんな体験をしてから数日が経ち、また同じようにクッションを枕にして床で横になっていると、あの日と同じように金縛りに合って目が覚めたのです。


前回と同じで、目だけは動かせる。


クッションの方に目をやると、前回と同様のスーツ生地。


そして、外では雨が屋根を打ち付ける音が聞こえてくる。


前と一緒だ…。


2回目という事もあり、前回よりも冷静でいる事が出来ました。


私はこのスーツ生地のクッションが何なのかが気になり、何とかして顔を下に向けようとするも、やはり動かない。


そうしていると、クッションと反対側の頭に何かが触れた感じがしました。


そこで初めて、私は誰かに膝枕をされていて、頭を撫でられている事に気がついたのです。


頭に触れる指のゴツゴツとした感覚から、スーツ姿の男性だという事がすぐにわかりました。


あ。これはマズい。


頭の地肌に触れる指が冷たく、明らかに生きてる人では無いと言うことは、子供の私にもわかりました。


とにかく逃げなきゃと思い、必死に体を動かそうとしてもやはり動かない。


それでも変わらず頭をゆっ…くりと撫でられている感触に耐えかねて、


やめてっ!!!!!


と大声を出すと、頭を撫でる手がピタッと止まる。


それとほぼ同時に金縛りが解けたので、ばっ!と振り返るとそこには誰も居ない。


ただ、緑色の枕代わりにしていたクッションが不自然に凹んでいる事に気がついて、そっと触れてみると、ほのかに温かい。


ついさっきまで誰かが正座していて、私を膝枕しながら頭を撫でていたのかと考えると、言い知れぬ恐怖を感じながらも呆然としていました。


すると、「ただいまー」と母が帰ってきた声。


いつの間にか17時を過ぎていたのです。


半分泣きそうになりながらも、母親の元に走っていって前回同様、今起こった出来事を話すと、


「でも、何も怖いことされてないんでしょ?それなら別に気にしなくていいんじゃないの?」


と完全に他人事で、まともに話を聞いてくれません。


その日から昼寝をするのが怖くなり、1人で留守番をする時は、必ず起きているようにしていました。


しかし、そう思っていても眠気には抗えず、その後も何度かお昼寝をしてしまいましたが、あのスーツの男は現れない。


ふと、何故だろうと考えた時、男が現れるのは2回とも雨が降っている日だったということに気付きました。


同時に、あのスーツ姿の男が誰なのかを、知りたいとも思うようになっていたのです。


そこで私は、何としてでも金縛りを自力で解いて顔を見てやる!と考えるようになり、雨の日にはわざと昼寝をするようになりました。


梅雨の時期だったこともあり、雨の日も多く、そんな日は必ず昼寝をする。


3回、4回、5回…。


やはり雨の日になると、必ずスーツの男が現れる。


そしていつも変わらず、私を膝枕して頭を撫でる。


もう、こうなってくると私の中に恐怖心などは無く、何としてでもこの男の顔を見てやるという気持ちしかありませんでした。


しかし、どうやっても金縛りを解くことが出来ず、解けた時には男も消えている。


そもそも、この男は何処の誰で、なぜ私の頭を撫でるのか。


何もわからないまま、この奇妙な雨の日にだけ起きる金縛りは続きました。


そんなある日、母親から回覧板を下の階に住む人の所へ持っていくように頼まれました。


当時の私はアパートの2階に住んでいて、下の階に住んでいるのは40代くらいの夫婦だっと思います。


この夫婦には子供がおらず、私がここに引っ越してきた小学1年生の頃から、何かと可愛がって貰っていました。


ただ、私が小学4年生になった辺りからは、クラブ活動などで忙しくなり、ほとんど私はその夫婦と関わりを持つことは無くなっていて、顔を合わせれば挨拶する程度でした。


回覧板も普段は母親が持っていくので、私がその夫婦の部屋を尋ねるのは1年ぶりくらいだったと思います。


ピンポーンとチャイムを押すと奥さんが出てきて、私の顔を見るなり「あらぁ!回覧板持ってくるの久しぶりね!」と喜んで出迎えてくれました。


すると「この前ね、京都の方に旅行に行った時のお菓子があるから持って帰ってよ。ちょっと包むから上がって待っててくれる?」そう言われたので、そのまま私は玄関で靴を脱ぎ、リビングへと向かっていく。


前を歩いていた奥さんがリビングのドアを開けた瞬間、真っ先に私の目に飛び込んできたのは大きくて立派な仏壇でした。


こんなのあったかな…?と思いながら飾られている写真を見ると、そこには旦那さんの遺影が飾ってあるんです。


思わず「あれ?何でおじさんが…?」と尋ねると、「あぁ…実はね。2年前からずっと病気で入院してたのよ。頑張ってたんだけどね、先月そのまま病院で亡くなっちゃったの…。」と、少し悲しげな顔をしながら教えてくれました。


「あの人が亡くなったの、凄く雨の強い日でね、何だか雨の日になると私に会いに来てくれる様な気がして、雨が降る度に『会いに来て』って仏壇の前で祈ってるのよ。」


奥さんが話終えた瞬間、ストン!と何かが落ちた音がしたので、そちらを向くとハンガーに掛かっていたスーツでした。


そしてそのスーツは、私が何度も何度も膝枕をしてもらっていた男性が履いていたものとそっくりだったのです。


一気に鳥肌が立ったものの、私が最近体験した話を矢継ぎ早に奥さんに話しました。


雨の日になると金縛りに会うこと。


男性に膝枕をされて頭を撫でられること。


その男性が着ていたスーツが、今落ちてきたものとそっくりだと言うこと。


一通り話終えると、奥さんは「あの人、あなたの事をすっごく可愛がってたから、私の所に来る前にあなたの所に行っちゃったのかもね」と、少し困ったような顔をしながら呟いた。


続けて、「もうあなたの所には行かないようにってしっかり言っておくからね!」と言われ、もう私は何を言っていいのかもわからず、手渡されたお菓子を手に自分の部屋へと戻りました。


あれは私を可愛がってくれていたおじさんだったのか…。


そう思うと、悲しいようなちょっと怖いような複雑な気持ちで階段を上り、自分の部屋の玄関を開けるなり母親に全てを話しました。


静かに話を聞いていた母は、「だから気にしないでいいって言ったでしょ?」と意地悪そうな顔で私に言ってきたのです。


それ以上、私は母に何も聞くことが出来ませんでした。

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