第2話「五年前、人生の全てが変わった」

 オレこと伊澄新太は、昔のトラウマのせいで、友達がいない。いや違う。友達がいないんじゃない。――作るのが怖いんだ。



『対人恐怖症』――医学上での正式な病気なのではなく、不安症と呼ばれるものの一種に属する精神病のこと。



 周囲からの視線、他人からの評価。それらを始めとした“他人との関わり”に、不安や恐怖感などを抱くことにより発現する症状のこと。つまりオレもまた、その1人というわけだ。


 例えば、周りの音を出来る限り遮断してくれるイヤホン。

 あれもまた、オレが恐怖症を抱える人間だということを指す、1つのアイテムだ。


 種類も多く、原因は個々の体験や経験から発現することが多いとされる『対人恐怖症』。オレはその中で、人との関わりに恐怖感を抱いてしまう。


 話すことなら多少は問題ないものの、出来れば避けていたい。特に警戒するのが、人の笑い声。恐怖症の直接的な原因ではないらしいが、人の笑い声を聞くだけで……今でも時折、悪寒が全身に響く。これは、いわゆる『トラウマ』というやつなのだろう。


 だからオレは、イヤホンを指して物理的に周りを遮断している。なるべく耳に入れないために。なるべく、声を残さないように。



 ……だが、これ以上にオレが抱える恐怖症の『拒絶対称』――それは、人に触られること。


 家族以外の人に触られることに、言葉では言い表せないほどの恐怖感、悪寒が走り、頭で理解するよりも先に、精神が『怖い』と認識してしまう。

 恐怖症と一言にまとめても様々な性質があるらしいが、オレにとっての対象は何よりも『他人との直接的な接触』だ。




 中学2年生の頃――オレは、対人恐怖症を発現させた。

 とある事件に巻き込まれ、オレは人の生肌や声質、日常生活の中に広がった無数の人々と幸せを伝え合う笑い声。……これらが全て、ダメになった。


 目が覚めたらそこは病院で、オレが寝ていたベッドの近くでは、両親と妹が顔を覗き込むようにして心配してくれていたのを良く覚えている。


『大丈夫!? 怪我したところは――』


 そう言って、母さんはオレに向かって手を伸ばしてきた。理由は単純、子どもが夜遅くに公園で倒れていた、そして通報が警察から親へと伝わった、そんな手順を辿ったら、普通は心配してくれたんだと思うはずだ。


 ……けど、そのときのオレは――。


『触るなっ!!』


 そう言って、身体を縮こまらせた。これは、無自覚に発せられた言葉。だが、今までのオレでは考えられなかった一言だった。意味は簡潔――拒絶した。それだけだ。


 簡単なように思えて、重たい一言。今思えば、どうしてあんなことを言ったのだろうと問いただしたい。冷静に考えれば、もっと別の言葉が出たはずなのに……。


 しかし、あのときのオレは走馬燈を見ていたのだ。


 悪夢のように思えて仕方がない。今でも『夢であってくれ』と願うほどに残虐で、非道な一夜が、何度も何度も、鮮明に蘇る。繰り返される。まるで、死を目前にするときのように。


『…………、……母、さん?』


 気づいた頃には、既に遅かった。


 オレが発してしまった無自覚な一言は、病室にいた家族3人が耳にしていた。無かったことには、もう出来ない。どうしてこんなことを言ったのだろう……。家族はあの手と、全然違うのを知ってるのに――。


 この日を境に、オレは『対人恐怖症』となった。

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