その7

 翌日から、事務所の電話が鳴りっぱなしになった。

 かけてきたのは、行方不明になっている”四人”それぞれの身内である。

”予定していた休暇を過ぎても帰ってこない”

”携帯にかけても通話が出来ない”

 大体がそんなものだった。

『警察に捜索願いをお出しなさい。探偵にはそれ以上何も出来ません』

 俺はそう答えるしかなかった。

 第一、こっちは他の仕事を抱えている。

 俺は二つの依頼を同時にこなすほど器用な人間じゃないからな。

 

 それから俺は三日ほど、あちこちに電話をかけた後、ひじ掛け椅子に座り、デスクに足

 を投げ出して、しばし”安楽椅子型探偵アームチェア・デティクティヴを決め込んだ。

 事務所の中をうろつき、スクラップ・ブックも漁った。

 俺だってたまには、”ベイカー街の大天才”の猿真似をしてみたくなるものだ。


 10分ほど経ったろうか。

 また電話が鳴った。

『俺だ。うん、なるほど、有難う。すぐに行く』

 大人しくしていると、稀にいいことがあるものだな。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 待ち合わせをしていた日比谷公園西側ののベンチに行く。

 もう陽はとっぷりと暮れていた。

『遅かったな。三分の遅刻だ』

『二分かっきりだ。時計ぐらい新しいのを買えよ』

 男は鼻を鳴らし、黙って四枚の写真を取り出した。

 写真には数名の人物が写っている。

 どこも同じ場所らしい。

 桟橋のようなところを、三人の人物が渡っている。

 先頭にいるのは、背の高い、がっしりした男・・・・しかし顔までははっきりと分からない。

 ぴったりと顔に張り付いたような覆面。

 そう、軍隊や警察の特殊部隊で使用される、“バラクラバ”という奴だ。

 着ているものも黒一色。

 戦闘用のコンバットスーツにブーツ。

 腰の周りにポウチ。

 手に持っているのは、イスラエル製のUZIサブマシンガン。

 一人ではなかった。

 二人だった。

 前に一人、後に一人。

 後ろにいる男は、先頭よりも少しばかり背が低い。

 着ている服装と、武器は同じものだ。

 そしてその間に、人間が一人。

 目隠しをされ、手を後ろで縛られている。

 四枚の内、三人は男、一人は女だ。

『場所は東京湾有明ふ頭ってところか・・・・この写真、間違いないんだろうな?』

『俺の情報ネタがガセだったことがあるか?』

 ベンチの男は素っ気ない口ぶりで言う。

『そうだな・・・・有難う。』

 俺は輪ゴムで留めた万札を、男に手渡す。

 彼は輪ゴムを外して一枚一枚丹念に数え、元に戻して、ジャンパーのポケットにしまった。

『何だったらけてやってもいいぜ?』

『いや、いい。ここから先は俺の仕事だ。』

『大丈夫かね?相手は相当に武装してるみたいだぜ』

『まあ、何とかなるだろう。じゃな』

 俺はそう言って、ポケットに手を突っ込み、その場を立ち去った。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 その夜、俺は事務所の中で準備を整えていた。

 拳銃はいつもの相棒、M1917。

 弾丸は.45ACP弾を全部で60発。

 探偵が一回で持つ事の出来るぎりぎり限界の数だ。

 そいつを丹念にハーフムーン・クリップに全部噛ませ、ウエストにつけたタクティカルベルトに忍ばせ、六発だけレンコンに入れる。

 残りの武器は、三段式警棒とフラッシュ弾だ。

 心もとないといえばそれまでだが、これが限界なんだよ。

”さて、行くか・・・・”俺は心の中で呟くと、椅子から立ち上がった。

 


 

 

 

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