最弱少年は、エッチなお姉さんに手取り足取り特訓を受けるのは好きだが、チート魔法使いにはなりたくない

大橋東紀

最弱少年は、エッチなお姉さんに手取り足取り特訓を受けるのは好きだが、チート魔法使いにはなりたくない

「ぐわっ!」


 格闘場を閃光が照らし、電撃魔法を喰らった少年は吹っ飛んだ。


「ごめんあそばせ。練習試合だから、手加減はしましたけど」


 金髪縦ロールを揺らしながら。

 少年を吹っ飛ばした少女、シャロンは優雅に言った。


「見事だシャロン。また上達したな。それに比べて……」


 闘いを見守っていた師範代は、敗れた少年に言った。


「ガイン、ここに何年いるんだ。やる気がないなら飯の支度でも手伝ってこい!」


 その言葉に。

 ガインは立ち上がると、裏の炊事場へと引っ込んだ。

 道場生達の間から、ヒソヒソと声が上がる。


「弱虫ガイン。ろくに魔法も使えないらしいぜ」

「師範代も、雑用させる為に置いてるのさ」


 王都に近い、この街には。

 魔法騎士となり、王都で仕事を得ようとする者の為の、魔法道場が沢山ある。

 その中でも一、二を争う名門道場が、このバベルニア魔法道場だった


 裏の炊事場に回り、座り込んで溜息をついたガインの前に、コトン、と茶碗が置かれた。


「落ち込んだ時は肉と飯だよ」


 甘辛く煮た挽肉がけご飯を、ガインの前に置きながら。

 この魔法道場のお姉さん……ここに住み込みで修行している、数十人の道場生の食事、洗濯、掃除の面倒を見ているコノハは言った。


「ありがとうございます。コノハさん」

「ガインちゃんは魔法が苦手なのに、頑張るからご褒美」


 そう言うとコノハは、ニカッ、と笑った。

 シャロンの様な人目を引く美しさではないが……誰にでも好かれる、コノハの愛嬌ある笑顔が、ソロンは好きだった。


「僕、孤児なんで他に行く所が無いんです。小さい頃、ここの館主さんに拾われたんです」

「旅にばかり出てて、誰も見たことない館主さんね。ガインちゃんは知ってんだ」

「いえ。物心ついた時から、ガミガミうるさい師範代に育てられました。館主さんの顔は、師範代しか知りません」

「じゃぁ、根性決めて魔法の鍛錬するしかないねぇ」

「僕には無理なんです」


 食べながら、ガインは言った。


「魔法だけじゃなくて、他人と競ったり、戦ったりするのは嫌なんです」

「でもガインちゃん、世の中、そんなに甘くないよぉ。そのご飯もタダじゃないし」

「え?」


 食べ終わったガインを、コノハは竈に連れて来た。

 そこでは数十人の道場生が、今夜食べるシチューが煮られていた。


「薪が湿って火力が弱いのよん。ガインちゃん、魔法で強くしてくんない?」

「話、聞いてました?魔法は苦手なんですよ」

「だって私、魔法使えないんだもーん。ガインちゃん、弱くても使えるんでしょ。このままじゃ、夕飯の時間までに間に合わないの。お願い」


 しなを作って体を摺り寄せてくるコノハから飛びのき、ガインは言った。


「やってみますけど、無理ですからね」


 ガインは竈の前にしゃがみ込むと、炎を見つめて意識を集中した。

 ブツブツと小声で炎魔法の呪文を唱える。

 一瞬、バチィッ、と火花が散ったが、炎の勢いは強くならなかった。


「ほら、言ったじゃないすか」


 立ち上がろうとするガインの両肩を、コノハはグッと押さえ、再びしゃがませた。


「ダメの、ダメダメ」


 コノハが耳元で囁いたので、ガインはビクッとした。


「魔法は精霊との対話なのよ。精霊は、今のあなたを好きじゃない」


 そういうとコノハは、後ろから両手で、ガインの両目を覆った。


「目を閉じて、炎を熱さを感じ、薪の燃える音を聞きなさい」


 おどけた感じを潜め、コノハは言った。


「そして思い浮かべるの。美しい炎を。あなたが目の前に出現させたい炎を」

「コノハさん、一体、何を……」

「想像するのよ。そこから生れるものは、全て素晴らしい」


 視界をコノハの掌に遮られ、パチパチ薪が燃える音を聞き、顔に火の熱さを感じながら。

 仕方なく、ガインは頭の中に炎を想い浮かべた。

 まるでガインの頭の中が見えるかの様に、コノハは言った。


「炎は赤い?ううん、勢いの良い炎は青いはずよ。炎の形は?揺れ方は?あなたが美しいと思う炎を、具体的に頭の中で描いてみて」


 ガインの頭は、別の事でいっぱいだった。

 コノハさん、胸が背中に当たってる。

 それに、いい匂いがする……。


 邪な考えを振り払い、ガインは集中した。


 記憶の中から引き出す様に、「炎」のイメージを具体化していく。

 僕の見た中で、一番凄かった炎は……。

 幼き時。あれは山火事か何か、とてつもなく大きな炎で。

 僕はその前で泣いていて……。


「今よ」


 コノハの囁きと同時に、ガインは炎魔法の呪文を詠唱した。


「うわっ!」


 ボウッ、と天井まで炎が燃え上がり、竈がバチバチと勢いよく音を立て始めた。


「僕が……やったの?」


 唖然とするガインに向かい、コノハはニッコリと笑って言った。


「魔法は精霊との対話。精霊は素晴らしいものを好む。そして、心の中から出てくるものは、いつも素晴らしい。このことを、覚えておきなさい」


 わかった様な、わからないような気持で、ガインは頷いた。




「あ~、午後の修行かったるいなぁ」


 昼食に出ていたシャロン達が、魔法道場に帰ってきながら言った。


「見て。落ちこぼれガインが洗濯物を干してる」

「やだ、私の下着、大丈夫かしら?」


 シャロンは友達に「先に行ってらして」と言うと、ガインとコノハが洗濯物を干す様子を見ていた。


「もっと具体的に!あなたの好きな風を想い浮かべなさい!」


 そう言いながらコノハが、洗濯したばかりのシーツを放り投げる。


 両目を閉じ、集中していたガインが両目を開く。

 草原を吹き抜ける風。砂漠を走る竜巻。脳裏に浮かんだイメージと共に呪文を詠唱する。 


 ガインの前に、風のうねりが出現したかと思うと。

 投げられたシーツを宙に舞いあげ、綺麗に広げて、そのまま洗濯紐に引っ掛けた。


 シャロンは驚いた。

 あの子、いつの間に風魔法を習得したの?


「じゃぁ次は、籠の中の洗濯物、一気に行くよー」

「ちょっと、落っことしたら洗い直しじゃないすか!」


 そんな二人を、離れた場所からシャロンの他にも見ている者がいた。


「あれが次の標的か」


 鉄仮面で顔を隠した男が、ガインとコノハを見ながら呟いた。


「余裕で倒せそうだな」




「♪あぁ~青い空~。光る風~」


 夜の炊事場で。

 夕食後、道場生、数十人の使った食器を、ガインは水魔法で洗っていた。


 魔法で、井戸から水が生きているかの様に這い上がって来て、食器を洗浄する。洗い終わった食器は、風魔法で乾燥させる。


 最初はコノハの指導で、大海原や大河の流れを想像しないと出来なかったが、今や慣れて鼻歌交じりで水魔法を使う事が出来た。


「水魔法まで……。貴方、いつの間に上達しまして?」


 背後からの声に驚き、食器の表面を這っていた水がバシャッ、と地面に落ちた。


「えっと、シャロンさんだっけ?」

「道場には出ないで、独学でレベルを上げていたんですの?」


 物陰から様子を伺っていたシャロンが、ズイ、とソロンの前に歩み出た。


「炊事の為だよ。君の魔法とはレベルが違う」

「これだけ風や水を使えれば、魔法騎士にだってなれますわ」

「誰かと戦う気はないよ」


 ガインはシャロンから視線を反らせた。


「他人と争ったり、蹴落としたりするのは嫌なんだ」


 その言葉に、シャロンの美しい顔が怒りで赤くなった。


「魔法騎士を目指す私を、侮辱なさる気!?」


 そう言われて、ガインも初めて語気を荒げた。


「そういう奴らに、僕の父さんと母さんは殺されたんだ!」


 ビクッと縦ロールを揺らし、シャロンは黙った。

 その時。


「道場破りだぁ!」


 聞こえて来た声に、思わずガインとシャロンも道場に駆け付ける。

 そこには鉄仮面をして、体を薄汚いマントで覆った男が立っていた。


 こいつが道場破り?師範代は何をしている?

 道場の隅にボロボロになって転がっている師範代を見て、ソロンはゾッとした。


「コイツでは相手にならん。館主を出してもらおう」

「だから館主様はいないと……ゲフッ!」


 言いかけた師範代が、鉄仮面に蹴飛ばされる。


「こうなったら、みんなでやるわよ!」


 シャロンが叫んだが、他の生徒たちは怖気づいて後ずさった。


「そんな……無理だよ」

「師範代だって叶わなかったのに」


 意気地なし!いつもガインを馬鹿にしていた癖に!

 シャロンが唇を噛みしめた、その時。


「私をご指名かしら?」


 呑気な声と共に。殺気だった道場にコノハが現れ、倒れていた師範代が叫んだ。


「か、館主さま!」


 皆が驚く。

 まさか、コノハが、この道場の館主だって?


「でも私が相手するまでもないわねぇ。チェンジ!」


 素っ頓狂な声を上げると、コノハはガインの肩に手を置いた。


「ガインちゃん、私の代わりにやっちゃって」

「えぇええっ!」


 ガインだけでなく、その場にいる全員が声をあげた。


「無理ですよぉ!言ったじゃないですか、僕、人と争うの嫌いだって!」


 その時。

 ガインの耳元に唇を寄せると。

 コノハは二言、三言、囁いた。


 その瞬間。

 ガインの全身から殺気が吹き出し、竜巻の様に彼の体を包んだ。


「思い出した……」


 掠れた声で、ガインは言った。

 初めてコノハさんが炎魔法の使い方を教えてくれた日。

 僕の頭の中に、思い浮かんだ炎。


 とてつもなく巨大で、その前で、幼き日の僕が泣いていた炎は。

 僕の家が焼き討ちされ、父さんと母さんが殺された炎だ!

 ボワッ、とガインの全身から炎が吹き出し、その場にいる全員が驚いた。


「防御魔法!いや、こいつ強すぎる」


 狼狽える鉄仮面に向かい。

 全身から、魔法力を迸らせ。

 戦鬼と化したガインは、叫びながら一撃を食らわせようとした。


「僕の大事な人を襲う奴は、全員、叩きのめす!」

「ひぃい、おたすけぇ!」


 道場破りが土下座した瞬間。

 トン、とコノハがガインの首の後ろに手刀を入れ、彼は我に返った。


「え?あれ?僕、何を……」


 ガインが我に返り、全身の炎が消えた時には。

 鉄仮面の道場破りは蹲り、戦意を喪失していた。




「私が幼いガインちゃんを見つけた時。あなたのお父様は、まだ息があったの」

「父さんが……」


 騒動がひと段落した道場で。

 ガインはコノハから過去の話を聞いていた。


「お父様は、私に言い残したわ。この子には強い魔法力がある。そのせいで災いに巻き込まれない様に、闘争本能にロックをかけた。それを解く言葉が……」


 さっき、コノハさんが、僕に囁いた言葉。


「お父さんは、あなたが一人前の魔法使いになるまで、無用な争いに巻き込まれる事を恐れたのね。でも、もうわかったでしょ?魔法は人を傷つける為にある物じゃないって」


 そう言って微笑むコノハの言葉に、ガインも吹っ切れた様な笑顔で答えた。


「はい!これからも炊事や洗濯に励みます!」


 その言葉に、一緒に聞いていたシャロンがずっこける。


「違うでしょ!今日から私が、貴方を一人前の魔法騎士に鍛え上げますわ!」

「ひぃっ、助けて下さいコノハさん!」

「はいはい、若いってのはいいねぇ」

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