第七百八十五話 5月28日/高橋悠里は要と一緒に登校して、彼に1年5組の教室前まで送ってもらう
「はるちゃんに何も聞いてなかったからびっくりしました。要先輩、迷惑じゃなかったですか?」
朝の通学路を手を繋いで歩きながら、悠里は要に問いかける。
「朝、悠里ちゃんに会えるのは嬉しいよ。松本さんが俺に連絡してくれてよかった。悠里ちゃんが一人で登校するのは心配だから」
「まだ、行方不明になった二人って戻ってないんですよね……」
「そうだと思う。二人が最後にうちの学校の図書室に立ち寄ったらしいって噂が広がってて、それで『神隠しの図書室』って言って面白がって出入りしてる奴もいるみたい」
「『神隠し』なんて、不謹慎ですよね。うちの学校の図書室は昼休みも放課後も図書委員の人とか司書さんがいるから、誘拐とか拉致とか起きるわけないのに」
要の話を聞いた悠里は憤って言った。
「人の不幸を面白がる奴って、どこにでもいるよね」
そう言う要の声音が冷たくて、悠里は戸惑う。
要は彼を見つめて不安になる悠里に気づかず、話を続ける。
「球技大会、明日だよね。うちのクラスの学級委員は生徒会に出入りしてて、球技大会の準備が忙しいって言ってるんだけど、今年の球技祭は何か面白いことをやるらしいよ」
要の声音が、いつも通りの穏やかなものになっていて、悠里はほっとした。
新型コロナのせいで、要も悠里も、他の皆も不織布マスクをしているから表情がわかりにくくて、声音と、見える目元だけで判断する癖がついている。
「面白いことってなんでしょうねえ」
「悠里ちゃんは松本さんから何か聞いてない?」
「全然聞いてないです。私がエントリーした卓球と、要先輩がエントリーしたバスケの試合が被らないといいんですけど。私、絶対に要先輩の応援に行きたいのでっ」
「俺も悠里ちゃんの卓球の試合、応援に行きたいな」
「それはダメです。私、本当に卓球下手なんですよ。卓球だけじゃなくて、球技全般が無理なんです。上手にできる球技が思いつかないです……」
悠里はそう言って肩を落とした。
大好きな要に、卓球が下手でかっこ悪すぎる姿をさらした挙句、負ける自分を見られたくない……。
「応援に行けそうなら行くね。コロナ禍での球技大会だから、応援はクラスだけとかになっちゃうかもしれないけど」
要の言葉に、悠里は『クラスだけの応援』である球技大会であるようにと祈るか『誰でも応援できる』球技大会であるようにと願うか迷った。
要の応援をするか、かっこ悪すぎる自分を見られるか、それが問題だ……。
要と悠里は手を繋ぎ、お喋りをしながら登校した。
要は階段で別れることなく、悠里を1年5組の教室前まで送り届ける。
「要先輩。教室まで送ってくれてありがとうございました」
「どういたしまして。じゃあ、また放課後にね」
要は悠里に手を振って、階段へと向かった。
悠里は要の姿が見えなくなるまで見送って1年5組の教室に入る。
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