第三百三十四話 マリー・エドワーズはゲーム内の時間の流れの早さに驚き、焼き上がったクッキーを食べる



ユリエルの部屋に到着したマリーたちはテーブルを囲む。

会話が一瞬途切れて静寂が部屋を満たしたその時、雨音が聞こえた。


「雨が降ってる? 晩ご飯を食べていた時には雨の音はしなかったですよね?」


真珠を膝の上に抱っこしたマリーが首を傾げて言うと、ユリエルは肯いた。

なんでも知っている(とマリーが思う)侍女長はナナと共にユリエルとマリー、真珠のためのお茶の用意をするために退室しているので、マリーの問いかけに確たる答えを返してくれる人はいない。

少し考えた後、ユリエルは口を開いた。


「たぶんゲーム内の時間帯が『夜』から『真夜中』に変わったから止んでいた雨がまた降り始めたんじゃないかな」


「えっ!? もう『真夜中』なの!? 私がゲームを始めた時は、ナナさんが今日は『紫月17日の夕方』って教えてくれたんですけど」


ユリエルの言葉を聞いたマリーは目を丸くした。

真珠は話の内容がよくわからなかったけれどおとなしく聞く。

マリーの言葉を聞いたユリエルは口を開いた。


「じゃあ、ログインしてから一時間以上は経ってるってことだよね」


「そっかぁ。久しぶりの『アルカディアオンライン』が楽しすぎてそんなに時間が経ってるなんて全然思わなかったです」


「『アルカディアオンライン』は食事を食べる時間とか、お菓子を作る時間とか、リアル準拠っぽいからいろいろ時間が掛かるよね。クッキーの生地を寝かせる時間が30分とか、クッキーの焼き上がりに15分かかるとか」


ユリエルの『リアル準拠』という言葉を聞いたマリーは、クッキーを作っていた時の自分の思いつきを話そうと口を開く。


「私、さっきのクッキーをリアルに戻ったら作ってみたいなあって思うんですっ」


材料や分量はきっと、ネットで検索すればわかると悠里は思う。

マリーの言葉を聞いたユリエルは彼女に微笑み、口を開いた。


「それはいいね。今度一緒に作ろう」


「はいっ」


「わうー。わんわぅ、わんわんっ」


「真珠は……うん、真珠もまた一緒に作ろうね」


真珠はリアルで悠里や要と一緒にクッキーを作ることはできない。

真珠は『アルカディアオンライン』の中だけに存在するゲームデータだ。でも、マリーは真珠を仲間外れにしたくない。

マリーと真珠はいつも、いつでも一緒だ。

マリーは青い目でまっすぐにマリーを見つめる真珠の頭を撫でて微笑む。


マリーとユリエルがお喋りをして、真珠が肯きながら聞いているとお茶の用意を整えた侍女長とナナが部屋に入ってきた。

ナナは見覚えがある銀色のワゴンを押している。

真珠は銀色のワゴンにふわふわのパンケーキが乗っていたことを思い出し、青い目を輝かせた。


侍女長はユリエルの給仕を担当する。

ナナはマリーの給仕を終えた後、真珠のためにミルクが入った平皿を絨毯の上に置いた。

真珠はマリーの膝から飛び下り、ミルクが入った平皿の前に座る。


侍女長はユリエルのお茶を淹れ終えた後、銀色のワゴンからハート型と星型のクッキーが並んだ白い皿を取り出してユリエルとマリーの前に置き、最後に真珠の前に置いた。


「くぅん?」


真珠は白い皿の上のクッキーを見て、それから侍女長を見上げる。

侍女長は真珠を見つめて微笑み、口を開いた。


「これは先ほどマリーさんと真珠が型抜きをしたクッキーです。焼き上がった頃合いだと思ったので厨房に寄って取って参りました」


「わっうー!!」


真珠は青い目をきらめかせて吠えた。

真珠はクッキーを知っている。

クッキーは甘くておいしい……!!

そして白い皿に乗っているのは真珠が型抜きをした『ギザギザの形』のクッキーだ。

マリーが型抜きしていたクッキーも乗っている。

ユリエルは皿に乗ったクッキーを見て微笑み、口を開いた。


「マリーちゃんが型抜きしてくれたクッキーも、真珠くんが型抜きしてくれたクッキーも、綺麗に焼けているね。おいしそうだ」


「料理人さんたちが上手に焼いてくれたんですね。嬉しいです……っ」


マリーは皿に乗った焼き立てのクッキーを見てはしゃぐ。

侍女長はユリエルとマリー、真珠に視線を向けて口を開いた。


「クッキーを召し上がる前に『クリーン』を掛けさせていただきます」


「わんっ!!」


侍女長の一番近くにいた真珠はきちんとおすわりをして元気に返事をする。

侍女長は真珠に『クリーン』をかけた後、ユリエルの両手に『クリーン』をかけた。

そして、次にマリーの両手に『クリーン』をかける。


「ありがとう。グラディス」


「ありがとうございますっ。グラディス様」


「わぅわううわううわ」


ユリエルとマリー、真珠は侍女長にお礼を言う。

侍女長は微笑んで口を開いた。


「どういたしまして」


ユリエルはマリーと真珠に視線を向けて口を開く。


「じゃあ、クッキーを頂こうか。いただきます」


「いただきますっ」


「わんわんっ」


ユリエルとマリー、真珠はそれぞれの皿のクッキーを食べた。

クッキーは歯ごたえがあって、サブレのようだとマリーは思う。

焼き立てで、ほんのり温かくておいしい。


「おいしく焼けてるね」


マリーが型抜きをしたハート型のクッキーを口にしたユリエルはそう言って微笑む。

マリーは自分が心を込めて型抜きした『ハート』のクッキーを大好きなユリエルに食べてもらえて、すごく嬉しい。

真珠は自分が型抜きをした『ギザギザのクッキー』をおいしく食べている。

マリーたちの初めてのクッキー作りは大成功と言っていいだろう。

侍女長は嬉しそうにクッキーを食べているマリーを見つめて口を開いた。


「マリーさんがお茶会に持っていく分は冷ましてラッピングを致します。このクッキーだけでなく、料理人がお菓子を作って用意する予定です」


「ありがとうございます。グラディス様」


これで今夜の女子会に、おいしいお菓子を持っていける。

マリーたちはお喋りをしながら、自分たちが作ったクッキーをおいしく食べ終えた。


***


紫月17日 真夜中(6時26分)=5月15日 10:26



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