第二百六十六話 高橋悠里は憧れの先輩とイヴの険悪な空気をなんとかしようと奮闘する
フローラ・カフェ星ヶ浦駅前店に到着した。
幸い、店内は満席ではなく、悠里たちは四人掛けのテーブルに着くことができた。
「俺、先に飲み物を買ってきてもいいですか?」
要は『アーシャ』に視線を向けて問いかける。
『イヴ』とは一切目を合わせようとしない要を見て、悠里はここが『アルカディアオンライン』の世界だったらイヴのプレイヤー善行値は地を這っていたかもしれないと思う。
「どうぞ」
『アーシャ』の返事を聞いた要は彼女に軽く頭を下げ、口を開いた。
「ありがとうございます。悠里ちゃんは『フローラ・カフェラテ』でいい?」
「あっ。はい」
フローラ・カフェのカードを手に立ち上がった要に問いかけられ、反射的に悠里は肯く。
要は悠里の返事を聞いて、カフェ内の自販機に向かった。
「優しいカレでいいなあ。羨ましい……」
『アーシャ』が要の後ろ姿を見つめてぼそっと呟く。
どうやら、『アーシャ』は悠里と要が付き合っていると思っているようだ。
要と付き合っていると誤解されるのは嬉しいけれど、要の迷惑になるのは嫌だと思いながら悠里が『要と付き合っていない』と否定しようとしたその時『イヴ』が話に割り込んできた。
「さっきの話の続きをしよう。あの人がウェインじゃないって本当?」
『イヴ』の強い視線に射すくめられながら、悠里は肯く。
「ちょっと待ってよ。すず。なんでこの人たちに絡んだのかちゃんと説明して」
悠里を質問攻めにしようとしている『イヴ』に『アーシャ』が言う。
『アーシャ』に問いかけられて『イヴ』は拗ねた表情を浮かべて口を開いた。
「絡んでないし。リアルでウェインに会えたと思ったから、嬉しくて話しかけただけ」
「はあっ!? VRMMOではプレイヤーとゲームの主人公が全然違う人だってウチ、言ったよね!? すずは『わかった』って言ったよね!? なんでゲームの主人公のウェインがあの人だって思っちゃったの!?」
「だってあの人、あんなにウェインに似てるんだもの。リアルの自分に似てる主人公を選んだって思うでしょ?」
「わかります。私も初めてウェインに会った時、要先輩にすごく似ていると思ってキュンとしたので……」
要が席を外していることもあり、悠里はぼろっと本音をこぼす。
『イヴ』はしみじみと肯きながら言う悠里をじっと見つめて口を開いた。
「もしかして、マリーなの?」
悠里は『イヴ』に自分の主人公の名前を言い当てられて驚きながら、何度も肯く。
「えっ!? マリーちゃんなの!? うわあ。リアルでは初めましてだね」
『アーシャ』がそう言いながら、テーブルに置いてある消毒液で手指を消毒した後、テーブル脇のにある棚に置かれた花の模様が描かれたカラフルなボックスから人数分のマスクケースと紙のお手拭きを取り出して配る。
「ありがとうございます。『アーシャ』さん」
「リアルでは『アーシャ』じゃなくて『真子』って呼んでね。ウチの名前は芝浦真子。桜台女子学院の二年だよ。リアルでもよろしくね」
「よろしくお願いしますっ。えっと、私は高橋悠里です。星ヶ浦中学の一年生です」
「そうなんだ。じゃあウチらの後輩だね。悠里ちゃんって呼んでもいい?」
「はいっ」
真子と悠里が自己紹介を終えた時、飲み物を買いに行っていた要が席に戻ってきた。
悠里は要にお金を払うために鞄からお財布を取り出す。
要は『フローラ・カフェラテ』を悠里の前に置き、自分の前に『フローラ・ブレンドコーヒー』を置いて真子に視線を向け、口を開いた。
「お待たせしました」
「いえいえ。お気になさらず。じゃあ、ウチらも飲み物とか買ってきますね。すず、行こう」
「あたしは飲み物とかいらない。そういう気分じゃないし、話がしたいから」
「わかった。じゃあ、ウチは自販機に行ってくるね」
真子はフローラ・カフェのカードを手に立ち上がる。
悠里はメニューで『フローラ・カフェラテ』の金額を確認し、要にお金を払おうとした。
だが要は首を横に振り、口を開く。
「悠里ちゃん。次、一緒にカフェに来た時に奢ってね」
要はそう言いながらテーブルに置いてある消毒液で手指を消毒した後、マスクを外してマスクケースに入れた。
悠里は要に『フローラ・カフェラテ』の代金を払うことを諦め、財布を自分の鞄にしまう。
それから要が使い終えた消毒液で手指を消毒した後、マスクを外してマスクケースに入れた。
そして悠里は要に視線を向けて口を開く。
「要先輩。ごちそうさまです」
「どういたしまして」
「ねえ。悠里がマリーだっていうことはわかったけど、じゃあ君は? ウェインじゃないなら誰なの?」
『イヴ』が悠里と要の会話に割り込み、要を見つめて問いかけた。
リアルでもいきなりの名前呼び。さすがイヴさん……。
要は苛立ちを隠そうとせず『イヴ』に冷たい視線を向ける。
「要先輩。『イヴ』さんはぐいぐい来る性格なんですけど、でも良い人なんです……っ」
悠里は隣に座る要に小さな声で言う。
「本当に? この人、悠里ちゃんとはリアルで初対面なんだよね? 信頼できるの?」
「ねえ。あたし、質問してるんだけど……っ」
一歩も引かない『イヴ』に、要は嫌悪の表情を浮かべる。
ヤバい。まずい。このままではすさまじく険悪な空気になってしまう……っ。
「あのっ。要先輩のゲームの主人公の名前を『イヴ』さんに伝えてもいいですか?」
「悠里。リアルでは、あたしのことすずって呼んでいいから」
『イヴ』が悠里に言う。そもそも悠里は『イヴ』から自己紹介をされていないのでゲームのキャラ名で呼んでいたのだが、すずは自分が悠里や要に名前すら名乗っていないことをわかっているのだろうか。
そう思いながら悠里はため息を吐きたくなるのをこらえる。
心の中で愚痴をこぼしても仕方がない。
真子が席を外している今、この険悪な空気を変えられるのは悠里しかいない……!!
悠里は自分を叱咤して話を続けようとした。
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