第二百六十四話 高橋悠里は憧れの先輩と手を繋ぎながら、駅ビルの雑貨店に向かう



校門前で不意に要は足を止めて悠里に視線を向け、手を差し伸べる。


「手、繋ぐ?」


悠里は要の顔を見てフリーズした。

手? 繋ぐ?

今、悠里は改めてその言葉の意味を考える。

さっき、流れで要と手を繋いでしまった時には咄嗟のことで何かを思う余裕は、悠里にはなかった。


「悠里ちゃんは俺と手を繋ぐの、嫌かな?」


「嫌じゃないです……っ」


要が嫌だとか、要と手を繋ぐのが嫌だとか、そんなこと、悠里には絶対に有り得ない。

考えたらダメ。心を無にする……っ。

悠里は自分にそう言い聞かせながら、差し出された要の手に自分の手を重ねる。

そして要と悠里は手を繋いで校門を出た。


「悠里ちゃんはどこに寄り道する予定だったの?」


「えっ!?」


校門を出たところで要に問いかけられ、悠里は言葉に詰まる。

要は足を止め、悠里の言葉を待った。行き先がわからなければ、どちらに行けばいいのか決められない。


悠里は憧れの先輩の要と手を繋いで、しかも名前を呼ばれる現状にいっぱいいっぱいで、つい、颯太の恋のアシストをするために『寄り道をする』と嘘を吐いたことを話してしまった。


「悠里ちゃんは相原が松本さんを好きだと思ってるの?」


「えっ!? 藤ヶ谷先輩、なんでわかったんですか!?」


「藤ヶ谷先輩?」


小首を傾げて言う要に、悠里は照れながら口を開く。


「要先輩は、なんでわかったんですか……?」


素直に言い直す悠里を可愛いと思いながら要は少し考えて口を開いた。


「んー。なんとなく?」


颯太が好意を持っているのは晴菜ではなく悠里であることは要の目には明白なのだけれど、悠里がまったくわかっていないようで微笑ましい。


「私、そういうのなんとなくわかっちゃう方だから気づいちゃったんです。でも、相原くんの好きな人のことを勝手にいろいろ言うのはダメだと思うので、先輩も内緒にしてくださいね」


「うん。内緒にするよ」


悠里の言葉に、素直に要は肯く。……確かに、颯太の好きな人のことを勝手にいろいろ言うのは良くない。

恋のライバルの話をこれ以上引っ張りたくないので、要は話を変えることにした。


「俺、単語帳を買おうと思ってて。だから駅ビルの雑貨店に行ってもいいかな? 悠里ちゃん、付き合ってくれる?」


「はいっ」


悠里は要の言葉に肯く。

星ヶ浦駅に隣接する商業施設の中に、文具を取り扱っている雑貨店があるのは悠里も知っていて、その店で祖母に手帳を買ってもらったこともある。


空は曇天で、少し肌寒いが、要と繋いだ手が温かいからすごく嬉しい。

悠里はこの時間が少しでも長く続くようにと願いながら、要と歩調を合わせて星ヶ浦駅の駅ビルに向かった。



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