第二百六十三話 高橋悠里は憧れの先輩とお互いを名前で呼ぶ約束をする
「要くん。今日は部活に出られなくてごめんね」
美羽が親しげに要に話しかけてくる。
悠里に対する時のように棘のある声音ではなく、優しい声だ。
悠里は苦手な先輩が憧れの人に話しかけているのが嫌だと思いながら、何も言えずに俯いた。
要は笑顔を浮かべる美羽をまっすぐに見つめて口を開く。
「別に、俺は先輩がいなくても全然大丈夫です。それと、前から言おうと思ってたんですけど、俺のことを名前で呼ぶのはやめてください。親しくない女子に名前を呼ばれるのは、違和感があるので」
冷たい声音で言う要に、美羽は息を呑む。
聞いたことのない声音で美羽に言葉をぶつける要に驚き、悠里は顔を上げた。
要は言葉を続ける。
「篠崎にも俺のこと、これからは名字で呼ぶように言っておいてください。高橋さん、行こう」
要は悠里の手を取り、歩き出す。
悠里は驚いて、どうしていいのかわからず、要に手を引かれるままに足を踏み出した。
要と悠里は美羽の横を通り抜けて、階下に向かう。
「……っ!!」
美羽は自分の横をすり抜けて行った要と悠里を振り返ったが何も言えず、唇を噛みしめた。
足早に、一階まで階段を下り切った要は足を止めて息を吐く。
要と手を繋いだままの悠里も要に倣って立ち止まった。
「高橋さん。ごめん。びっくりしたよね?」
悠里を振り返って言う要に、悠里は首を横に振る。
そして、要を見つめて口を開いた。
「あのっ。私、先輩のこと、ちゃんと名字で呼びます。先輩が、違和感がないように名字で呼びますね」
要に嫌な思いをしてほしくない。
そう思いながら言い募る悠里を見つめて、要は口を開いた。
「俺は、高橋さんには俺のことを名前で呼んで欲しいよ」
「え……?」
「高橋さんには俺の名前を呼んで欲しいし、俺は、高橋さんのことを名前で呼びたい。……ダメかな?」
悠里は二度またたいて、要の言葉の意味を理解した。
「ダメじゃないですけど……いいんですか? 私が先輩の名前を呼んで……」
「俺は、悠里ちゃんに俺の名前を呼んで欲しい」
要に名前を呼ばれて、悠里の顔が真っ赤になる。
マスクで顔が隠れていてよかったと思いながら、悠里は勇気を振り絞って口を開いた。
「私……要先輩に名前を呼んでもらえて嬉しいです。……要先輩を名前で呼べて、嬉しいです」
小さな声で言う悠里を見つめて、要は目元を和らげる。
「悠里ちゃんにそう言ってもらえてよかった。これからずっと、俺たち、お互いに名前呼びしようね」
「はいっ」
憧れの先輩と仲良くなれて嬉しい悠里は元気に肯く。
そして二人は手を繋いだまま昇降口に行き、それぞれに靴を履いて校門へと向かった。
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