第二百五十九話 高橋悠里は憧れの先輩との会話で教室内の空気を凍らせ、先輩二人は口喧嘩を始める



吹奏楽部がパートごとに分かれて練習する時に使う教室は決まっている。

サックスパートが使う教室は1年3組だ。


悠里と颯太は鞄とサックスケースを持って1年3組の教室前に到着した。

各教室からは賑やかな楽器の音が聞こえる。1年3組からはアルトサックス、バリトンサックスの音が響いている。

……テナーサックスの音は聞こえない。悠里がそっと教室内の様子を窺っていると颯太が教室内に足を踏み入れ、そして室内を見回して悠里を振り返る。


「高橋。佐々木先輩、いないよ」


「そっか。……ありがとう。相原くん」


悠里は安堵の吐息をついて、教室に足を踏み入れる。

教室に入ってきた悠里に気づいた要はアルトサックスを吹くのをやめて、微笑んだ。


「高橋さん。昨夜は夜更かししちゃったけど今日、起きられた?」


要の発言に衝撃を受けた颯太は固まり、萌花はテナーサックスの練習を止めた。

悠里は場の空気が凍ったことに気づかず、適当な席に通学鞄を置き、床にアルトサックスのサックスケースを置きながら口を開く。


「すごく眠かったけど、夜更かししたって家族にバレるとゲームを取り上げられちゃうかもしれないので頑張って起きましたっ。先輩は大丈夫でしたか?」


「うん。なんとか起きたよ。アラームが鳴らなかったらヤバかったかもしれないけど」


「私もスマホのアラーム、いつも起きる時間より早めにセットしました……っ」


要と悠里の会話を聞いていた颯太はフリーズから立ち直り、口を開く。


「高橋。今のってゲームの話?」


「うん。さっき話したでしょ? 私、今『アルカディアオンライン』っていうゲームにハマってるって」


「なになに? 高橋ちゃんと要くんはゲームでデートとかしてるってこと?」


萌花が颯太と悠里の話に割り込む。要は萌花を軽く睨んで口を開いた。


「篠崎。うるさい」


要の言葉がきっかけで、要と萌花が口喧嘩を始めてしまった。

颯太は先輩たちの口喧嘩には我関せずという姿勢で悠里の後ろの席に自分の鞄を置き、テナーサックスのサックスケースを床に置く。


悠里は自分の言葉がきっかけで要と萌花の口喧嘩が始まってしまったような気がして、おろおろしながら仲裁のきっかけを探した。

そうだ。作ってきたマスクケースを今、渡せば少しは空気が変わるかも……?


要と萌花はマスクを二枚のティッシュに挟んで机の上に置いている。マスクケースを渡せばきっと使ってもらえるだろう。

悠里は自分の鞄から用意していたマスクケースを取り出し、要と萌花が口喧嘩に口を挟む隙を伺った。





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