第二百五十八話 高橋悠里は授業を終え、音楽準備室で颯太とサポートAIについて話す
担任教師は生徒の顔を見ずに出席を取り、生徒たちにノートパソコンについての簡単な説明をした後、教室を出て行った。
1年5組の担任の木本ゆかりは数学の担当で、30代くらいに見える。左手の薬指に結婚指輪をしていないが、独身かどうかはわからない。
悠里は担任教師の木本が苦手だ。
苦手な理由は、彼女が生徒の顔を見ずに出席を取るからだと思う。
小学校の時の担任の先生たちは皆、悠里たちの顔を見ながら出席を取っていた。
出席を取りながら児童の声音や顔色、仕草等、ひとりひとりをきちんと見てくれていたと思う。
悠里は、だから、自分の名前を呼ばれた時に担任の木本のことをきちんと見ていた。
見ていたから、木本が悠里の顔も、他の生徒の顔も見ないで出席を取る教師だと気づいた。
5月10日、月曜日の授業は対面で、ノートパソコンを使用しながらリモート授業のための練習を兼ねたものになった。
慣れない授業形式で疲れたせいか、悠里は給食がいつもよりおいしく感じた。
給食の前に、晴菜に給食で使う用と部活用のマスクケースを渡せたのでよかったと思う。
せっかく持ってきたのに渡し忘れてしまうのは悲しい。
授業が終わり、通学鞄にノートパソコンを入れた。
すごく薄くて軽いので教科書とノート等が入った状態の鞄にも問題なく入った。
……教科書とノート、今日の授業で使わないのなら事前に言ってほしかった。
そうしたら、教科書とノートを家に置いてこられたのに……と悠里は思う。
悠里は晴菜と吹奏楽部の活動場所である四階の音楽準備室に向かう。
今日、音楽室を使うのは合唱部で、吹奏楽部は各パートに分かれて教室を借りて練習をする予定だ。
いつものごとく、部活の時間は短縮されている。
音楽室の隣にある音楽準備室の扉を開けると、吹奏楽部員が密集していた。
音楽準備室には窓がないので、換気が悪い。
でも以前、悠里が音楽準備室に入るのを躊躇したせいでサックスパートのパートリーダー、佐々木美羽に意地悪なことを言われてしまったので今日は躊躇わずに中に入る。
晴菜も悠里に続いて音楽準備室に入った。
悠里と晴菜がそれぞれに楽器を出しているとサックスパートの一年生、相原颯太が音楽準備室に入ってきた。
颯太は特に晴菜に声を掛けずにサックスがしまってある棚の前にやってきた。
悠里はその様子をなんとなく見て、ひとことでも颯太が晴菜に話しかければいいのにと思う。
恋愛成就には地道な努力が必要なはずだ。……悠里は、まだ恋が成就したことなどないのだけれど。
「高橋。お疲れ」
笑顔で言う颯太に悠里も微笑みを返す。
「相原くんもお疲れ。っていうか今日は本当に疲れた。ノートパソコンでの授業に慣れなくて……」
「わかる。あのノートパソコン、地味に不便だしな。ネット使えないとかパソコンの意義がなくない?」
「だよね。でもサポートAIさんと喋れたのは楽しかったけど」
「サポートAIさん? 高橋はあのボカロっぽい声のAIのことそう呼んでるんだ?」
「うん。サポートAIさんは今、私がハマってるゲームのAIなんだよ」
「へえ。高橋ってゲームするんだ。意外かも。何のゲームにハマってるんだ?」
テナーサックスケースを出しながら颯太が悠里に問いかける。
悠里は右手に通学鞄、左手にアルトサックスのケースを持ちながら口を開いた。
「『アルカディアオンライン』っていうゲームだよ」
悠里の言葉を聞いた颯太は瞬く。
「それ、俺の弟がハマってるゲームだ」
「そうなんだ。相原くんって弟がいるんだね。なんかお兄ちゃんって感じしないけど」
「よく言われる」
颯太は左手でテナーサックスケースを持ち、右手で学生鞄を持って笑う。
そして悠里と颯太は連れ立って音楽準備室を出た。
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