第二百話 マリー・エドワーズたちはユリエルとレーン卿に合流し、情報屋が鑑定スキルを持っているとバレる
ウォーレン商会の本部に足を踏み入れたマリーと情報屋、マリーに抱かれた真珠はそれぞれに視線をさ迷わせて周囲を観察する。
マリーはコロナ禍になる前に、リアルの家族と夏休みに行きたいとネットで見たお洒落なホテルのような内装だと思った。
泣かされた男に話しかけられて緊張してしまって、建物の外観はよく見なかったけれど、もしかしたら外観も高級ホテルのような感じだったのかもしれない。
白地に赤いラインが入った制服を着た男は凛と背筋を伸ばして、壁に絵画が飾られている廊下を進む。
真珠はたくさんの絵がずらりと並んだ光景に目を丸くして、マリーはまるで美術館の中に迷い込んでしまったような気持ちになった。
情報屋は口の中で小さく「鑑定」と呟いて、こっそりと絵を鑑定しながら歩く。
マリーたちを先導した男は獅子の頭を模したノッカーがある豪奢な扉の前で足を止め、ノッカーで扉を叩いた。
マリーの腕の中で真珠はノッカーを見てなんだか不思議な気持ちになる。
部屋の内側から、黒髪で白地に赤いラインが入った制服を着た男が扉を開けた。マリーと真珠はその男の顔にも見覚えがあった。
領主館でマリーと真珠を門前払いした二人の男のうちの一人だ。
真珠はマリーを守るために唸るべきなのか迷ったけれど、マリーと情報屋が特に黒髪の男を警戒する様子を見せなかったのでおとなしくしていることにした。
黒髪の男に招かれ、真珠を抱っこした状態で室内に足を踏み入れたマリーは、金色が目に痛い調度品に囲まれてソファーに座り、優雅にティーカップを口に運んでいるユリエルとレーン卿の姿を見て小さく息を吐いた。
マリーにとって、ここは敵の本拠地のようなものだ。信頼できる相手の顔を見るとほっとする。
真珠もユリエルとレーン卿に会えたことが嬉しくて尻尾を振った。
情報屋はユリエルとレーン卿に一礼する。
ユリエルは入室したマリーたちに視線を向けてティーカップをソーサーに置き、微笑した。
「マリーちゃん。来られてよかった。真珠くんも情報屋さんも、合流できて嬉しいよ。さあ。ソファーに座って」
ユリエルに促され、マリーはどこに座るか迷った。
ユリエルはマリーを見つめて、自分の隣の席を手で軽く叩く。マリーは驚いて、嬉しくて、顔を真っ赤にした。真珠はマリーと一緒にユリエルの隣に座れるのが嬉しくて尻尾を振る。
レーン卿はそんなユリエルとマリー、真珠を見て苦笑しながら手にしていたティーカップをソーサーに置き、情報屋に視線を向けた。
「あなたは私の隣にどうぞ」
「ありがとうございます。レーン卿」
情報屋はレーン卿にすすめられた席に座り、マリーは緊張しながら真珠を抱っこしてユリエルの隣に座った。情報屋は緊張しているマリーに苦笑して口を開く。
「マリーさん。なぜ、そんなに緊張しているのですか? 私の『ルーム』ではユリエルさんと隣同士で座っていたじゃないですか」
「それはっ。情報屋さんの『ルーム』では座るところがそこしか無い感じだったので……っ。でも今はユリエル様が隣の席をポンポンって……っ」
マリーは顔を真っ赤にして、膝の上の真珠をぎゅっと抱きしめた。
マリーにぎゅっとしてもらえて嬉しくて、真珠は青い目を細める。
ユリエルとレーン卿を守る護衛の騎士は室内に二人。気配を消して、扉の両脇に佇んでいる。
マリーたちを部屋に案内した男は退出していった。室内にはウォーレン商会の関係者はいないようだ。
ユリエルは顔を真っ赤にしているマリーを可愛らしいと思いながら見つめ、レーン卿は情報屋に自己紹介をするべく口を開いた。
「あなたとお会いするのは初めてですね。はじめまして。僕はフレデリック・レーン。鑑定師ギルドの副ギルドマスターをしています」
鑑定師としてウォーレン商会を訪れたレーン卿は鑑定師としての正装である緋色のローブを着ている。
レーン卿の麗しい微笑を受け止めて、情報屋が口を開いた。
「私はデヴィット・ミラーといいます。情報の売買を生業としている者です。私のことはどうぞ『情報屋』とお呼びください」
「わかりました。情報屋さん。鑑定師ギルドに所属しない『鑑定師』に会えて光栄です」
レーン卿の言葉を聞いたマリーはびっくりしてレーン卿の顔を見た。
なんで!? なんでレーン卿が、情報屋さんが鑑定スキルを持っていることを知ってるの……っ!?
「マリーさん。僕は情報屋さんにカマをかけたのですよ。どうやら、情報屋さんは本当に鑑定スキルをお持ちのようですね」
レーン卿はマリーの反応を見て、情報屋が鑑定スキルを持っていると確信したようだ。
マリーは自分の軽率な反応が情報屋が嫌がっていた『鑑定スキルを持っていると知られること』につながってしまったことに落ち込み、真珠とユリエルは落ち込むマリーを慰めた。
レーン卿は情報屋を見つめて言葉を続ける。
「情報屋さん。あなたは鑑定師ギルドを訪問してくれたことがありますよね。そして、依頼人が鑑定師ギルドのギルド員によって『鑑定』をかけられることを嫌って、依頼をすることなくギルドを後にした」
「……ええ。そうです」
情報屋はため息を吐いて肯いた。
「私は、自分が鑑定スキルを持っていることを鑑定師ギルドに知られたくなかった。ギルドに所属すれば自由に情報を集めて内容を精査することが出来にくくなるかもしれませんからね」
「フレデリックお兄様は情報屋さんが鑑定スキルを持っていることを暴いて、何をなさるつもりなのですか?」
ユリエルの問いかけに、室内に緊張が満ちる。
レーン卿はゆったりと微笑み、口を開いた。
「特に何も。強いて言えば、鑑定師ギルドに所属しない鑑定師の方と知己になりたかったというところです」
今のところレーン卿が情報屋を強引に鑑定師ギルドに誘うことはしないようで、マリーはほっと胸をなでおろした。
***
若葉月22日 昼(3時03分)=5月8日 18:03
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