第百八十四話 マリー・エドワーズは領主に『銀のうさぎ亭』の窮状を訴える
マリーたちがアップルパイを食べ終えると、空になった皿をナナが下げ、侍女長が真珠とテーブルにクリーンをかけてくれた。
真珠は平皿のミルクを綺麗に飲み終えて、マリーの膝に戻る。
「ではマリーさん。お話を聞かせて頂けますか?」
「えっ? 話?」
レーン卿に問いかけられてマリーは首を傾げる。
「マリーさんはユリエルと知り合いなんですよね? どこで出会ったのですか?」
その話か……っ。
マリーは言い訳を考えて視線をさ迷わせる。
「どこでと言われても……内緒です……」
ユリエルと口裏を合わせなければ、嘘すら吐けない。
マリーはレーン卿から視線を逸らして言葉を濁した。
「では質問を変えます。離魂病の治療方法を教えてください」
「ええと……それは運頼みとしか言えないです……」
「運頼み?」
マリーの答えを聞いたレーン卿は眉をひそめる。
マリーは考えながら言葉を紡ぐ。
「選ばれた人は元気になって、選ばれなかった人は……その……元気にはなれないと思います」
「マリーさんとユリエルは『選ばれた』というわけですか。なぜ、選ばれたのですか? 誰が選ぶのです?」
「なぜと言われても……」
主人公キャラを選ぶのはプレイヤーで、プレイヤーが主人公キャラを選ぶ理由は様々だ。
悠里は可愛い女子キャラ主人公で遊びたくてマリーを選んだし、圭は初期能力値と初期の所持スキル、そして孤児キャラであることを気に入ってウェインを選んだ。
イヴはリアルの自分に似たキャラの主人公を選んだと言っていたし……。
「では質問を変えます。離魂病は『リザレクション』では快復しないのですよね?」
「はいっ!! その通りです……っ!!」
マリーは熱を込めて肯き、そして祖父がウォーレン商会にそそのかされて『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書と引き換えに『リザレクション』を使える高位の聖職者を呼んでしまったことを話した。
「ぼったくり聖職者のせいで、私は……うちの家族はウォーレン商会に一千万リズを返済しないと『銀のうさぎ亭』の土地と建物をとられちゃうんです……っ」
マリーは涙声で訴える。ゲームとはいえ、ひどい話だ。
孫娘の命を助けるためならどんなことでもしたいという祖父の想いを利用されたのだ。
詐欺はダメ!! 絶対!!
「それは許しがたい行為だな」
深みのある声がして、マリーは声の主に視線を向けた。
食堂の入り口には港町アヴィラの領主ヴィクター・クラーツ・アヴィラとその子息のユリエルが立っていた。
「マリー。詳しい話を聞かせてくれ。息子の恩人が詐欺に苦しんでいるのを見過ごすわけにはいかない」
領主の言葉を聞いたマリーは領主の隣にいるユリエルに視線を向けた。
ユリエルはマリーに微笑んで肯く。
ナナが領主とユリエルのために椅子を引き、彼らは席に着く。
侍女長は領主とユリエルの分の紅茶を用意するために退出した。
マリーは涙をこらえて領主に『銀のうさぎ亭』の窮状を訴える。
「グラディスから、離魂病だったマリーが『リザレクション』で快復したという話を聞いて、俺はウォーレン商会に使いを出した。『リザレクション』を使える高位聖職者につなぎをつけて欲しいと。『リザレクション』を使える高位聖職者は王都の大教会にしかいない。俺には伝手が無かったから頼むしかなかった。ところが」
領主は眼光を鋭くして言葉を続ける。
「ウォーレン商会からは『高位聖職者は多忙でこちらに来ることは難しい』という返答が来た」
「ウォーレン商会の会頭を鑑定にかけたいところですね。離魂病が『リザレクション』では快復しないと知っていたのであれば『銀のうさぎ亭』の契約は無効にできます」
領主とレーン卿の会話を聞いたマリーは二人に頭を下げた。
「お願いします!! 調べてください!!」
「わうわうわううっ!!」
マリーが頭を下げたので、真珠も一緒に頭を下げる。
「俺からもお願いします。お父様。フレデリックお兄様。マリーちゃんと真珠くんの大切な場所を奪わせないでください」
「そうよ。お兄様。フレデリック。マリーちゃんと真珠ちゃんの力になってあげて」
ユリエルとレイチェルの口添えを頼もしく思いながら、マリーは口を開く。
「あの、借金の返済期限が若葉月30日までなんです。もう時間がないんです……っ」
マリーの必死の訴えを聞いたレーン卿は少し考えて領主に視線を向け、口を開いた。
「伯父上。僕は明日、ウォーレン商会の会頭に会おうと思います。会頭への鑑定を強制執行できるという領主の命令書を出していただけますか?」
「わかった。今から用意しよう」
レーン卿の言葉に領主は肯き、席を立つ。
「よろしくお願いします……っ」
「わうわうわううわうわ……っ」
マリーと真珠は領主に頭を下げた。領主はマリーと真珠に微笑んで肯き、食堂を出て行く。
マリーは領主を見送り、領主に影のように付き従う二人の男に気づいた。
彼らは白地に赤いラインが入った制服を着ている。領主の護衛をしているのだろうか。
食堂の入り口で、皿を下げ終えて戻ってきたナナが一礼して領主たちを見送る。
「マリーちゃん。きっと問題は解決するよ。心配しないで」
ユリエルがマリーに微笑んで言う。
今のユリエルはフリルのついたブラウスを着ていてファンタジー作品に登場する貴族子息というイメージにぴったりだ。
借金問題の解決に光明が見えてきたことで、マリーの心にユリエルの装いに見とれる余裕が生まれていた。
「マリーさん。ご依頼の鑑定結果をまとめた書状が完成したのですが、今、お渡しした方が宜しいですか? それとも約束通りに『銀のうさぎ亭』にお届けしますか?」
「今、貰えたら嬉しいですっ」
レーン卿の言葉を聞いたマリーがそう言うと、レーン卿は微笑んで肯いた。
「では、こちらに持ってきますね」
「フレデリック様。お命じいただければ、私が取って参ります」
緊張した表情で申し出たナナに、レーン卿は首を横に振って立ち上がる。
「これは僕が鑑定師として受けた仕事の範疇のことですから、領主の使用人であるあなたの手を煩わせるわけにはいきません。では、少し席を外しますね」
そう言ってレーン卿は食堂を出て行く。
レーン卿と入れ替わるように紅茶の用意をした侍女長が現れた。
侍女長は食堂を一瞥し、領主の姿が無いことを把握すると、持ってきた紅茶をユリエルとレイチェルに給仕した。
マリーたちは和やかに雑談をしながら、退席した領主とレーン卿が戻ってくるのを待った。
***
若葉月21日 真夜中(6時35分)=5月8日 15:35
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