第百八十話 マリー・エドワーズは天蓋付きのベッドで目覚めてナナに拉致られる
目を開けると暗かった。目をこらすと天蓋が見えた。……えっ!? なんで!?
マリーはステータス画面を呼び出してその光で辺りを確認する。
ここは『銀のうさぎ亭』の自分のベッドではない。
レーン卿が子どもの頃に使っていたというベッドの上だ。
マリーは真珠と一緒に『銀のうさぎ亭』の自分のベッドで眠ったはずだ。
なんで見覚えのある、レーン卿が子どもの頃に使っていたというベッドにいるの!?
「わうー」
マリーの隣から声がする。真珠だ。
「真珠っ!! なんで私たち、ここにいるの!?」
「くぅん……?」
真珠も首を傾げている。
マリーが大騒ぎをしていると部屋の扉が静かに開いて、黒髪で黒い目のメイド服を着た少女が入ってきた。
マリーと真珠の世話をしてくれたことがある、ナナだ。
ナナは部屋の明かりをつけて、マリーと真珠が目覚めていることに気づいた。
「マリーさん!! 真珠さん!! 目が覚めたんですね……っ!!」
ナナは、目覚めてベッドから身体を起こしているマリーと真珠を見て駆け寄ってくる。
「申し訳ないのですが、すぐに来ていただけますかっ!? 領主様がお呼びなんです……っ!!」
「無理ですっ!! 私、これからものすごく大事な約束があって!! すごく大事な人と待ち合わせをしてるんですっ!!」
「申し訳ありませんが、失礼しますっ!!」
ナナは細身の身体に似合わない力でマリーを強引に抱き上げた。
「わうーっ!?」
真珠はナナの強引な行動に驚いて目を丸くする。
「真珠さんは、走ってついてきてくださいっ。今は非常事態なんです……っ」
ナナはそう言って、マリーを抱きかかえたまま、扉を開けっぱなしにして部屋を飛び出す。
真珠は慌ててナナの後を追った。
ナナの腕に抱かれながら、マリーは『ライト』を発動させて教会に死に戻ろうかと考える。
でも、今、マリーは寝巻を着ているのだ。着替えずに藤ヶ谷先輩に会いたくない。
できればマリーを可愛く着飾って、先輩に会いたい。寝巻ではなく洋服を着て髪にリボンを結び、ブーツを履きたい。
ナナは猛烈な勢いで廊下を走り、階段を駆け上がる。
マリーは心の中で、待ち合わせに遅れるかもしれないことを要に謝りながら、流れに身を任せることしかできない。
真珠は軽やかな足取りで、ナナに追随する。
領主館の中央に位置する本館の四階に到着した。
廊下の突きあたりの大きな扉の前で、ナナが立ち止まる。
ナナは片手でマリーを抱きかかえ、空いている手で扉をノックした。
内側から扉が開き、侍女長が姿を見せる。
マリーは侍女長の暗い表情を見て驚いた。
侍女長はマリーを見つめて口を開く。
「マリー。よく来てくれましたね。領主様がお待ちです」
ナナはマリーを床に下ろした。死に戻りで逃亡できる雰囲気ではない。
マリーは仕方なく侍女長の後に続いた。真珠はマリーの後に続く。
やわらかな明かりに照らされた部屋の中を侍女長に導かれ、マリーと真珠は港町アヴィラの領主の近くに歩み寄った。
港町アヴィラの領主ヴィクター・クラーツ・ アヴィラは豪奢なベッドの横で跪いて、ベッドで眠る少年の左手を握りしめている。
ベッドに眠っているのは金髪の少年だった。
輝くような金の髪に白く滑らかな頬、長いまつげが緩やかにカーブしている。
目を閉じていても、胸を突かれるほどに美しいグラフィックのキャラクターだ。
年齢は7歳くらいだろうか。
呼吸は荒く、苦しそうに見えた。
領主の傍らには緋色のローブを着たフレデリック・レーンが立っている。
レーン卿はマリーに視線を向け、深刻な表情で口を開いた。
「マリーさん。力を貸してください。私の従兄弟で領主のたった一人の子息、ユリエル・クラーツ・ アヴィラが離魂病にかかってしまった。マリーさんは離魂病から快復したのですよね? どうすればユリエルが快癒するのか、その方法を知りたいのです。私の鑑定でも離魂病の治療方法は見極められなかった。どうか、知恵を貸してください。お願いします」
そんなことを言われても困る……っ!!
『離魂病』というのはプレイヤーキャラがNPCを主人公に選ぶための、いわばゲーム的な仕様だ。
プレイヤーが『離魂病』のNPCの中から自分の主人公を選び、主人公になったキャラは快復して『聖人』になる。
ユリエルというNPCを主人公に選んでくれるプレイヤーがいれば、ユリエルは快復するし、そうでなければユリエルは死亡するだろう。
マリーは悠里に選ばれたから生き残った。
「ごめんなさい。私は、どうすれば快復するのかわからないです……」
「マリーは『リザレクション』のおかげで快癒したとマリーの家族は言っていましたが……」
侍女長の言葉にマリーは勢いよく首を横に振る。
「嘘ですっ!! たまたま、私が快復した瞬間にぼったくり聖職者が『リザレクション』をかけただけなんですっ!! 私はあの人の『リザレクション』で元気になったわけじゃない……!!」
「やはり、マリーさんは離魂病を癒す方法を知っているのですね」
レーン卿の言葉を聞いた領主はすがるようにマリーを見て口を開く。
「どうか教えてもらえないだろうか。この子は、ユリエルは亡き妻が残してくれた俺の宝だ。この子が快復するためなら、俺はどんなことでもしよう」
そんなことを言われても……っ!!
追い詰められたマリーは、誰でもいいからプレイヤーがユリエル・クラーツ・ アヴィラというキャラを主人公に選んでくれるようにと祈りながら、領主が握るユリエルの左手の手首を凝視した。
プレイヤーが身に着ける『不滅の腕輪』よ。現れろ……っ!!
***
若葉月21日 夜(5時17分)=5月8日 14:17
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