第百五十三話 マリー・エドワーズと真珠はレーン卿の母上に遭遇する



『疾風のブーツ』を履いたマリーは真珠と一緒に存分に部屋を歩き回った後に、椅子に座る。

そしてマリーは自分が履いてきた木靴を箱に入れて蓋をした。

椅子の下にいた真珠がマリーの膝の上に飛び乗る。


「あのっ。レーン卿にお願いがありますっ」


「なんですか?」


「女の子の格好をしたレーン卿の写真……じゃなくて絵とかってありますかっ!? あったら見たいです……!!」


「わおんっ!!」


「ありますが、見せたくないです」


穏やかに、だがきっぱりとレーン卿は言った。

マリーと真珠はがっかりした。

だが、まだ諦めるのは早い。


「だったら今のレーン卿を描いた絵はありますかっ!? 見たいです……!!」


「わおんっ!!」


マリーと真珠の熱意に押されつつ、レーン卿は首を傾げた。


「目の前に僕がいるのに、絵が必要ですか?」


なんという強気!!

美形キャラだからこそ許される強気な発言!!


「目の前のレーン卿を見つめられるだけで、目の保養です……」


「きゅうん……」


マリーがレーン卿の絵を見ることに大失敗したその時、扉をノックする音がした。

侍女長が戻ってきたのだろうか。

マリーと真珠は扉に視線を向けた。レーン卿は穏やかに紅茶を飲む。

扉が開いて現れたのは、レーン卿によく似た面差しの美女だった。

美女に続いて、侍女長が部屋に入ってくる。

マリーと真珠が口を開けて美女に見とれていると、レーン卿は首を傾げて口を開いた。


「母上。どうしてこちらに?」


母上!! この美女がレーン卿の母上!!

レーン卿と同世代にしか見えない美麗なグラフィック!!

そして豊かな胸と細い腰!!

絶対にこのキャラ、ゲームのグラフィック担当からひいきされている……!!

マリーはそう思いながら彼女の左腕を見た。

腕輪は無い。NPCだ。

美女はレーン卿に視線を向けて口を開く。


「女性を敬遠しているあなたが、小さな淑女とお茶を飲んでいるというから。それに贈り物までするなんて」


「新品の一点ものでなければ、贈り物というには申し訳ないでしょう。有益な品の再利用というところです」


新品の一点ものでなければ、贈り物というには申し訳ないって……。

それはオーダーメイドの品物しか贈り物と認識しないということ……?

マリーは庶民と貴人の価値観の乖離に呆然とする。

真珠はまだ、ぼーっと美女を見つめている。


「フレデリック様。『白薔薇蜘蛛糸のリボン』をお持ち致しました」


「ありがとう。グラディス。マリーさんの髪に結んで差し上げてください」


「かしこまりました」


しろばらくもいとのリボン。

マリーの目には白いレースのリボンに見える。

真珠の興味が美女からリボンに移った。

レーン卿はマリーに微笑んで口を開く。


「『白薔薇蜘蛛糸のリボン』はDEX値とCHA値を上げる効果があります。適正CHA値が設定されている装飾品ですがマリーさんの能力値であれば問題ありません。DEX値が上がれば手先の器用さに補正が掛かるので、おそらくひとりで『疾風のブーツ』を履けるようになると思いますよ」


「ありがとうございますっ。……でも、私、自分で上手にリボンを結べるでしょうか。おうちには鏡も無いんです」


「まあ!! それは大変だわ……っ!! こんなに可愛らしい淑女が、自分の顔や姿を見られないなんていけないわ。グラディス。リボンを結び終えたら、わたくしが少女の頃に使っていた手鏡を持ってきてちょうだい」


「かしこまりました。レイチェル様」


侍女長はヘアバンドのようにマリーの髪をリボンで彩って、マリーの肩を軽く叩いた。


「マリーさん。リボンを結び終えました」


侍女長の言葉を聞いて、緊張しながらじっとしていたマリーの身体から力が抜ける。


「ありがとうございます。グラディス様」


「わうーっ。わんわんっ」


真珠はリボンをつけたマリーを見つめて嬉しそうに尻尾を振った。


「真珠。私、似合う?」


「わんっ!!」


「とてもよく似合っていますよ。マリーさん」


「そうね。とても可愛いわ」


レーン卿と彼の母親に褒められ、マリーは照れ笑いをする。


「マリーさん。ひとりで『疾風のブーツ』を着脱できるかやってみなさい。わたくしは手鏡を持って参ります」


侍女長はそう言って、レーン卿と彼の母親に一礼して部屋を出て行く。

真珠はマリーの邪魔にならないように膝から下りた。

マリーを見つめていたレイチェルは自分の頬に手をあて、首を傾げて口を開く。


「こんなに小さな淑女が、ひとりでブーツを脱いだり履いたりしなければいけないの? 誰か、大人が手助けをすればよいのではなくて?」


「母上は大人の女性ですが、マリーさんの手助けはできないでしょう? 僕にも難しい。今、マリーさんの手助けができる者はこの場に誰もいません」


「そうね。庶民の方には身の回りの世話をしてくれる者はいないのよね。あの人にいつも注意されているのに、つい、自分の基準で物事を考えてしまうの」


レーン卿と彼の母親の会話を聞くともなしに聞きながら、マリーは頑張ってブーツの紐を解き、ブーツを脱いだ。

そして、自分ひとりでブーツを履いてぎゅっと紐を結ぶ。

マリーの手先を息を詰めて見守っていた真珠は、ブーツを履き終えたマリーを見て長い息を吐いた。


「レーン卿とレーン卿のお母様!! 私、ひとりでちゃんとブーツを履けました……っ!!」


「まあ。マリーちゃん、偉いわ」


「よかったですね」


「はいっ。真珠も見守ってくれてありがとう」


「わんっ」


それにしても、能力値の補正というのはすごい。

能力値を上げれば、できないことができるようになる。

マリーは借金の返済を終えたら、真珠と一緒にモンスター討伐をして種族レベルを上げようと思った。


***


若葉月18日 夕方(4時57分)=5月7日 19:57



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