第百五十一話 マリー・エドワーズと真珠はふわふわのパンケーキを食べ終えてレーン卿と雑談する



マリーと真珠は幸せな気持ちでふわふわのパンケーキを食べ終えた。

マリーはホットミルクを飲み、真珠は冷たいミルクを舐める。


「マリーさんと真珠くんは本当においしそうに食べますね。見ていると幸せな気持ちになります」


レーン卿は優雅に白磁のカップを持ちあげて微笑む。


「すごくおいしかったです!!」


「わうわおっわお!!」


「それはよかったです」


「おうちでも食べたいんですけどきっと無理ですよね。お祖母ちゃんが卵と砂糖は高級品だと言っていたし……」


「くぅん……」


マリーと真珠しゅんとして俯く。

紅茶を一口飲んでソーサーにカップを置いたレーン卿は侍女長に視線を向けた。


「グラディス。卵と砂糖は高価なものなのですか?」


「はい。庶民には縁遠い物でございます」


やっぱりふわふわのパンケーキは庶民には食べられない味なんだ……。

マリーは家族にも食べさせてあげたかったと思いながら俯く。

真珠もしゅんとして、尻尾が力無く垂れさがった。


「そうなのですね。では、マリーさんと真珠くんがパンケーキを食べたくなったら、いつでも領主館に遊びに来てください」


「ありがとうございます。でも無理だと思います……」


「くぅん……」


「なぜですか? マリーさんはいつでも領主館に出入りできるのですよね?」


首を傾げて問いかけるレーン卿にマリーは悲しい気持ちで口を開いた。


「私、おうちから領主館に行こうと歩き出したんですけど、歩いても歩いても領主館に近づけなくて。疲れちゃって道の端に蹲っていたら、親切な人が私と真珠を抱っこして領主館まで送ってくれたんです。だから、私一人ではここまで来られないと思います……」


「きゅうん……」


マリーの話を聞いた侍女長がまなじりを吊り上げて口を開く。


「マリー。小さな子どもが知らない人間についていってはいけません。真珠。テイムモンスターであるあなたが主のマリーを守らなくてどうするのですか」


「でも、声をかけてくれたのは聖人なのでいい人ですっ。大丈夫ですっ」


「わんっ」


お説教をする侍女長にマリーと真珠がそう言うと、さらに怒られた。

怒られてしょんぼりと肩を落とすマリーと真珠に苦笑して、レーン卿は口を開く。


「グラディス。もうそのくらいでやめてあげてください。マリーさんと真珠くんも反省しているでしょう」


「フレデリック様がそう仰るのなら……」


侍女長のお説教が終わってマリーと真珠はほっとした。

侍女長が心配してくれるのは嬉しいけれど、プレイヤーは痛覚設定が0パーセントで痛みがなく、殺されても教会に死に戻るだけなのでNPCより安全だ。


「それよりもグラディス。私が子どもの頃に気に入っていたあのブーツはありますか?」


「はい。大切に保管しております。お持ちしますか?」


「ええ。ここに持ってきてください」


「承知しました」


侍女長は口の周りを生クリームだらけにしている真珠に『クリーン』をかけた後、空になったパンケーキの皿をワゴンに収め、一礼してワゴンを押しながら退出した。

侍女長が出て行き、扉が閉まるとレーン卿は口を開く。


「マリーさんが持ってきたガラス玉は『錬金を失敗した時にできるガラス玉』でした。錬金素材にはならないものをわざわざ鑑定しようと思った者は私を含めて今までいなかったのでしょうね」


「そうかもしれないです。あの、ガラス玉はAランクの貴重なものだから高く売れますか?」


「私は商人ではないので商品の価格のことはわかりません。『目利き』スキルがあればおおよその価格は表示されると思いますよ」


『目利き』スキルか……。有用なスキルだ。

確か、ウェインが持っていたような気がする。

でも、マリーは『メイドの心得』スキルも欲しい。

欲しいスキルが多くて悩ましいと思いながら、マリーは口を開いた。


「あの、わがままなお願いだと思うんですけどガラス玉がAランクのアイテムだということは内緒にしてもらってもいいですか?」


ガラス玉がAランクのアイテムという情報を広めるのであれば、情報屋とクレムに相談しなければいけない。


「わかりました。私から他言することはありません。ですが、マリーさんがなぜ失敗アイテムに注目したのか教えて頂けますか?」


「えっと、私は露店でガラス玉が売られているのを見て『ビー玉みたいで綺麗だなあ』と思ったんです。それで買いました」


マリーの言葉を聞いたレーン卿は首を傾げた。


「びーだまというのはなんですか?」


「えっ!?」


レーン卿に問い掛けられてマリーは戸惑う。

『アルカディアオンライン』にビー玉は無いの!?

そういえば牛乳もなかった。


「ビー玉は、子どもが遊ぶガラス玉……?」


説明に四苦八苦して首を傾げながらマリーは言う。


「ガラスは高価なものですが、ガラス玉が庶民の子どもの遊び道具なのですか?」


レーン卿は卵と砂糖を買えない庶民のマリーの遊び道具がガラス玉というのが不可思議なようだ。

失敗アイテムとはいえ、錬金アイテムのなれの果て。

錬金術師と縁がない庶民の手に渡ることは少ないような気がする。

マリーは話のつじつまを合わせるために自分の記憶を探り、知恵を絞った。

そして考えながら口を開く。


「錬金術師ギルドが狩人ギルドに二束三文で売っているので、それが流れたとか……?」


「Aランクのアイテムが二束三文で?」


「私の友達の錬金術師はそう言っていました」


「そうですか。アイテム等の価値の見極めも商いのうちなのでしょうから、AランクのアイテムがDランクのアイテムと同様の扱いを受けることもあるのでしょうね」


マリーとレーン卿が雑談をして真珠が相槌をうつ。

マリーたちが穏やかで楽しい時間を過ごしていると扉をノックする音かした。


「失礼いたします」


箱を持った侍女長が入室して優雅に一礼した。

あの箱にはレーン卿が子どもの頃にお気に入りだったというブーツが入っているのだろうか。

マリーと真珠はわくわくして箱を見つめた。


***


若葉月18日 夕方(4時36分)=5月7日 19:36



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る