第百十四話 マリー・エドワーズと情報屋はスキル創造について検証する
ソファーに座り、真珠を抱っこして背筋を伸ばしたマリーが口を開こうとしたその時。
「マリーさん。新スキル創造おめでとうございます。お祝いとして銀貨1枚を進呈します」
先に口を開いた情報屋の言葉を聞いたマリーは顔を輝かせた。
「ありがとうございます……っ」
思いがけずお祝いを貰ってしまった。嬉しい。
「わうー。わうっうわん」
「ありがとう。真珠」
マリーは真珠の頭を優しく撫でた後、情報屋から銀貨1枚を受け取ってアイテムボックスに収納した。
「宜しければ、新スキル『アイスボール』を創造した状況を教えて頂けますか? 対価はお支払いします」
「わかりました!! なるべく高く買い取ってください!! よろしくお願いします……っ!!」
マリーは気合を入れて言い、情報屋に勢いよく頭を下げた。
情報屋は苦笑する。
「善処します」
それ、大人がいろいろスルーする時に口にする言葉……!!
悠里がたまに見るニュースで、政治家も『善処します』と言っていた。
だが、それを今、指摘するほど子どもではない。
マリーは見た目は幼女、中身は中学一年生だ。ある程度の分別はある。
「『アイスボール』を創造した状況を説明しますね。ええと、私は『アイスキューブ』を習得して木のボウルに四角い氷を出していたんです」
マリーは『アイスボール』を創造した状況を思い出し、考えながら言葉を紡ぐ。
「ボウルに入った氷が四角いのを見て『氷の形が四角ばっかりなのは味気ないよね。丸い氷とかできたらいいのになあ』と言ったと思います。そうしたら、サポートAIさんの声が聞こえて。その後に魔力枯渇になって死にました」
情報屋はジャケットの内ポケットから取り出した黒革の手帳を見ながらマリーの話を聞いている。
マリーが説明を終えると、情報屋は手帳からマリーに視線を向けて口を開いた。
「マリーさん。丸い形の氷だけではなく、他の形の氷があったらいいなと思いませんか?」
「思いますっ」
マリーの答えを聞いた情報屋はアイテムボックスからガラスのグラスを取り出してテーブルに置いた。
「マリーさん。このグラスを器にして『アイスボール』を創造した時のように別の形の氷が欲しいと言いながら『アイスキューブ』を使ってもらえますか?」
「ガラスのグラス……!! すごい。木のコップしか見たことなかったけど、ガラスのグラスがあるんですねっ」
「わおんっ」
マリーと真珠は情報屋がアイテムボックスから出したガラスのグラスを見て興奮する。
「ウォーレン商会が経営しているガラス商品専門店で買いました」
ウォーレン商会……!!
こちらの弱みにつけこんで『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書を手に入れたマリーの敵。
ウォーレン商会の名前を聞いて、浮かれた気持ちが一瞬で冷める。
グラスを割らないように細心の注意を払いながら、マリーはグラスに手をかざした。
「魔力操作ON。アイスキューブON」
マリーの手のひらから氷が出てきてグラスに入る。
「氷の形が四角ばっかりなのは味気ないから、ハートの形の氷とかできたらいいのになあ」
マリーがそう言ったその時、手のひらからハートの形の氷がころりと出てきた。
「ハートの氷ができた……っ」
マリーが嬉しくてはしゃいだ声をあげたその時、サポートAIの声が響く。
「マリー・エドワーズがスキルの創造に成功しました。スキル『アイスハート』を習得しました。これ以後、プレイヤーはスキル習得画面で『アイスハート』を習得できます」
「ありがとうございます。マリーさん。もういいですよ」
「魔力操作OFF」
マリーはそう言って息を吐いた。グラスの中には四角い氷とハートの氷が入っている。
情報屋はステータス画面を表示させて『アイスキューブ』を習得した。
「では今度は私がマリーさんのようにやってみますね。そうですね。星の形の氷を作ってみましょう」
星の形の氷!! 可愛い!!
マリーと真珠はわくわくしながら、情報屋がグラスにかざす手を見つめる。
「魔力操作ON。アイスキューブON」
情報屋の手のひらから氷が出てきてグラスに入る。
「氷の形が四角ばっかりなのは味気ないから、星の形の氷ができたらいいですね」
マリーと真珠は息を詰めて、情報屋の手のひらから星の形の氷が出てくるのを待った。
だが、彼の手のひらから出てきたのは、相変わらず四角い氷だ。
サポートAIのアナウンスもない。
「魔力操作OFF」
「なんで星の形の氷が出ないの……?」
「わうぅん……?」
「仮説は立てているのですが……。マリーさん。お手数ですが私の言葉をそっくりそのまま真似て、星の形の氷を作って頂けますか?」
「でも、情報屋さんができなかったのは『星の形の氷』がないからじゃないですか?」
無駄なことをやるのは気がすすまない。乗り気でないマリーを見つめて情報屋は微笑み、口を開いた。
「ここまでの情報の対価として、金貨2枚を差し上げます」
金貨2枚!! マリーは大喜びで情報屋から金貨2枚を受け取ってアイテムボックスに収納する。
金貨を貰ったマリーは情報屋の言葉に従う気持ちになった。無駄でもなんでもやってみよう。
「では先ほどの私の言葉を復唱して星の形の氷を作ってみてください」
「ええと……」
マリーは先ほどの情報屋の言葉を思い出そうとした。
情報屋は左斜め上に視線を向けて固まるマリーを見て、自分の手帳に先ほどの自分の言葉を記し、それをマリーに見せる。
「ありがとうございます」
マリーは情報屋にお礼を言った後、アイテムボックスから飲みかけの初級魔力回復薬を取り出した。
薬師ギルドのヤナからもらったものだ。
一口飲むと、マリーの魔力が回復した。まだ中身が残っているので蓋をしめてアイテムボックスに収納する。
容量無制限、時間経過無しのアイテムボックスは本当に便利だ。
魔力を回復させたマリーは、グラスに手をかざして、手帳に書かれた文章を読み上げる。
「『魔力操作ON。アイスキューブON』」
マリーの手のひらから氷が出てきてグラスに入る。
「『氷の形が四角ばっかりなのは味気ないから、星の形の氷ができたらいいですね』」
マリーがそう言った直後に手のひらから星の形の氷がころりと出てきた。
「えっ!? なんで!?」
「わうわ!?」
とりあえずスキルをオフにしよう。
「魔力操作OFF」
「マリー・エドワーズがスキルの創造に成功しました。スキル『アイススター』を習得しました。これ以後、プレイヤーはスキル習得画面で『アイススター』を習得できます」
マリーの声と重なるようにサポートAIの声が響いた。
「なんで情報屋さんの時はダメだったのに、私だとオッケーだったんでしょう……?」
「くぅん……?」
マリーと真珠は首を傾げた。
「マリーさんはどう思いますか?」
「バグかサポートAIさんのひいき?」
「そうですね。その可能性もあります」
「あるの!?」
「わうわ!?」
思いつきで言った言葉を情報屋に肯定されて、マリーは驚く。
真珠もマリーと一緒に驚いている。
「実は、以前も同じような検証をしたんです。『ファイアアロー』というスキルからプレイヤーが創造した『ファイアバード』というスキルがあるのですが」
「火の鳥ですか? かっこいい……っ」
「わっわうう……っ」
「私は『火の鳥』が創造できるのであれば『火の蝶』もいけるのではないかと思い、やってみたのです。でも結果は不発。先ほどと同じです」
「なんでダメだったんでしょう?」
「マリーさんは作り出した氷をどうするつもりですか?」
突然の質問にマリーは瞬いた。そんなの、決まっている。
「使います。食堂の飲み物に入れて冷たくしたくて『アイスキューブ』を習得したんです」
「私は氷を使いたいとは全く思っていません。氷を使う予定もない。食事をするより情報の精査をする方が有意義だと考えるので」
彼は『情報屋』だ。そういう考え方になるのは納得できるとマリーは思う。
「『ファイアバード』というスキルを考案したプレイヤーは『かっこいい火魔法を使って戦いたかった』と言っていました。つまり、彼はスキルを使うつもりだった」
「だけど、情報屋さんは『火の蝶』というスキルを創造できても使うつもりはなかった……?」
「その通りです。私は自らモンスター討伐をするより、プレイヤーが持ち帰るドロップアイテムやモンスターのステータス情報等の検証をする方が楽しいのです」
「プレイヤーが使わないスキルは創造できないということですか?」
「私はそう考えています」
「そういえばさっき、転送の間でサポートAIさんが言ってました。スキル『クリーン』を創作したゲームスタッフとスキル『掃除』を創作したゲームスタッフは同期で仲が良く、スキル『クリーン』を取るプレイヤーが増えるとスキル『掃除』が死にスキルになる可能性があると話し合った結果『クリーン』の習得要スキルポイントが1000になったんだって」
「それは興味深い話ですね。『アルカディアオンライン』のゲーム制作スタッフは『死にスキル』を嫌う傾向があるのかもしれません。その情報も含めて、ここまでの対価として金貨4枚お支払いします」
「ありがとうございます……っ」
使えるスキルが増えた上に金貨を4枚も貰える。
マリーは大喜びで情報屋から金貨4枚を受け取り、アイテムボックスに収納した。
***
マリー・エドワーズが情報を売って受け取った対価 金貨6枚/銀貨1枚
マリー・エドワーズの追加スキル
コモンスキル『アイスハート』レベル1
コモンスキル『アイススター』レベル1
若葉月10日 早朝(1時52分)=5月5日 16:52
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